ニブロール ネザーランド・ダンス・シアター ノ・ビータ(仮)


ニブロール

共に癒えるための空間

ニブロールを観たのは3度目のことだったか、正直に言って、今回の「コーヒー」で初めて鮮烈な印象を受けた(831日、Art Complex 1928)。もちろん個々の動きや全体のフォーメーションがよくなっているのだが、この公演の印象を一言であらわすなら、「痛い」ということだった。すごくドラマチックなのに、動きの細部がコミカルであることにまず気づかされる。一人ずつ男女が現われ、ぶつかりあったりじゃれあったりしているのが、愛であれ憎しみであれ、相手に対する感情の激しい表われであるように見えるのだが、動きのトーンがバラついているために、その感情が行き場を失っているようにしか見えない。つまり、愛や憎しみといった、対象にまっすぐ向かう思いではなく、その激しさが内向して自傷しているようで、痛くてたまらなかったのだ。

そのような、関係性がねじ曲がっていることで出てくる痛さは、暴力的なほどのコンタクトなど随所に見られるが、個別の神経症的な表われも、掌を開いたり閉じたりしながら「止まれ、止まれ」とつぶやき続ける男や、飼犬のように首輪をつけられた男など多々見られる。ここでぼくは、目の前に現われているすべての者が何かしら傷を受けていて、痛みを受けていることを知る。そして、自分の現在の、または過去の傷について思いをはせる。そして、共に痛むことになる。

しかし目の前で、この者たちは踊っている。どのような痛みをもっていようが、踊ることでその痛みが増幅しているのかもしれないのに、この者たちは踊り続けている。そのことに気づいて、今度ぼくの脳裏にフラッシュのようによぎるのは、<共に癒えたい>という、そう、それを祈りと呼んでもよいのではないか。そのような思いが、観る者の多くにきらめいていたように思う。この閃光のような祈りに満ちた空間は、ダンスの空間としてはおそらく希有な、奇跡のような出来事だったと思う。この場に立ちあえてよかった。(「PAN Press2002.11


ネザーランド・ダンス・シアターV 2000920日 びわ湖ホール

 イリ・キリアン自身が、このユニットについて「一つの理念である」と言うように、40歳を超えたダンサーだけで構成されたこの「V」は、成熟した豊かな表現力によって身体表現の可能性の深さと広さを改めて認識させてくれた。先日見た、22歳以下のダンサーだけで構成された「U」と比較しても、歳月を重ねることで得るものの貴さを強く印象づけられた。このユニットの公演を見ることで、多くのダンサーは強固な希望を与えられたのではないだろうか。そしてダンサーのみならず、多くの人が人間の身体の表現というものを再認識したはずだ。

 冒頭の「SIGHT」は、まず下手幕前で男が女の全身を剃毛しているという、ギョッとするようなシーンから始まる。このような倒錯の見せ方は、寺山的だと思った。世界のある歪みを見せることで、舞台に強い緊張感が走る。前半は縦に回転するカーテンに仕切られて平均台を使った動きなど、あくまで平面的に展開し、後半は舞台の奥行きを最大限に利用して大きな動きとなったことも、作品の大きなメリハリとして印象に残っている。

 全体の空間構成とダンサーの配置が天井桟敷のようだったり、獣衣を着た男性ダンサーがケルトの妖精のようだったり、爛熟気味の女性ダンサーの身体がアウグスト・ザンダーの写真のようだったり、ここで展開されたシチュエーショナルな世界は、強烈な美意識に支えられていた。ここには匂い立つようなエロスがあった。エロスは強烈であればあるほど、倒錯と死につながる。

 このようなエロスと倒錯と死に充満した世界を描くには、やはり成熟した身体が必要だったのだというのが、いささか理詰めなぼくの感触である。このダンサーたちはけっしてOld Dancer ではなく、Mature Dancer(成熟したダンサー)と呼ばれているそうだが、ダンサーの身体的機能としてのピークを過ぎた彼らは(といっても、まだ40歳の男性ダンサーについては、今がまさにピークという気がするのだが)、老いとか衰えという事態に直面しているわけだ。そのゆえにこそ表現しうる世界というものがあり、この作品はまさにそのような世界を描きえていたといえる。キリアンは、この「V」をスタートさせるに当たり、多くのコレオグラファーにマチュア・ダンサーならではの作品を創作することを依頼したそうだが、それはけっして身体的機能が低下していることを前提にするという限定的・制約的なリクエストではなく、成熟した身体だからこそ構築できる濃密な世界を提示してほしいということではなかったか。この日本人コレオグラファーによる作品は、それを的確に反映していたといえよう。

 続く「Old Man & Me」は、男女のマチュアな関係をユーモラスに描いた小洒落た作品。「Couple of Moments」もまた、男女の曲折のある関係をややドラマチックに描きつつ、なぜか衰え、終わり、滅びというようなことを強烈に感じさせた。共に、身体の動きの大きさが印象に残っている。動きのスピードという点では、さすがに若いダンサーほどではないだろうが、そのぶん個々の動きの端々にまで神経が行き届いているようで、大きさが出ていたのがいい。結果的に、一人の身体から広がる空間が大きく、劇場の空間をうめえたということが、身体表現にとって大きな希望だと思う。

 最後の「A Way a Lone」は、スクリーンの画像とのコラボレーションが見事で、会場は拍手と爆笑に包まれた。後半のゴールドベルク変奏曲による柔らかなダンスは、実に多様で豊かな表現力を見せた。特に手話のようなユニゾンには、強く訴えかける力があり、それが伝わってきて、なんともたまらないような気分になった。


そして今さらぼくが賞賛する必要などないのだが、ネザーランド・ダンスシアターVの公演(2000920日、びわ湖ホール)では、豊かな美学と様々な感情、時にはユーモアをもったダンサーのあらゆる動きの一つ一つが、強く記憶に残っている。マチュア・ダンサーと呼ばれる40歳以上のダンサーで結成されたこのユニットは、豊かな経験と成熟した身体で、何よりもこちら側に何かを送り届けようという祈りのような強い力を伝えてきた。時を経ること、時を積むことの貴さを知らされたことが、うれしい。(PAN Press


2000419日に観たネザーランド・ダンス・シアターUは、本当に素晴らしかった(びわ湖ホール)。このユニットは、22歳以下の若いメンバーで構成されているというだけあって、身体の質、動きのスピードが素晴らしいのは言うまでもないが、ダンスを楽しく見せることに成功していたのには感激した。改めて新田博衛の言葉を引いておこうか……「ここには世界の隠れた原点がいわば灸り出されている。しかも踊りは――ぜひ付け加えておかなければならないが――見て楽しいものなのである。」(「PAN PRESS」)


ノ・ビータ()「素敵じゃないか。」

今回は冒険ダンス団のメンバーでもある中西朔とMonochrome Circusのちよ、そして二川晃によるユニットで。とにかく可笑しかったのは、あのトイレで水が詰まった時に使う「バッコン」っていうやつ(以下バッコン)を小道具に選んだ時から半ば決定していたと言っていいだろう。

まず中西が、舞台中央のバッコンに振り回された後、すごく楽しそうに戯れ、自分の腹部に当てて両手で切腹みたいにウッと押さえる。それから股間に当ててやろうとして、自分で照れてむこうを向く。あとの2人も出てきて同じようなことを始めるのだが(ちよも同じようにやるのに少しビックリ)、ちょっとやり過ぎ気味なのがいい。いつのまにかバッコンがダンスの小道具として完全に3人に不可欠のものになっている。ただ、一つ注文を付けさせてもらえば、ここで部分的にでもいいから、完全なユニゾンを見たかった。この馬鹿げた小道具を使って、3人がシャープなユニゾンを動くのを見たかった。

さて、トイレの水を流す音があって、3人がいっせいにこちらを向いて、少し空気が変わる。男性2人がバッコンを持って引っ込み、残ったちよが横になってゆっくりと踊る。再び出てきた男たちはバッコンで切腹しながら、その柄の先で相手に斬りつけるような、不思議な闘いを展開している。この自害か加害かわからないようなシーンは、とても印象的だ。中西が属する冒険ダンス団の作品にも通じるような、美意識と思想が並立しているようないい動きだと思う。

ちよはダイナミックな後転のあと、きれいな足を全開するのだが、足首や肩を押さえて、これまた傷ついているようだ。男たちは、ひたすら瀕死の時間を送っている。…と思ったら、互いの柄を持ってさすって悶絶しそうになっている。性か死か、という問題に逢着しているわけだ(あるいは「か」ではなく「も」かもしれないが)。瀕死と見てもいいし絶頂の寸前と見てもいい。同じことだ。後ろでちよはゆらゆらしている。中西がちよの柄に手を出そうとしたのをきっかけに男たちが決闘を始める。

つまり初めにも述べたように、バッコンを手にしたことによって、それを剣にもぺニスにもすることができ、しかもそれがごく日常的、というよりもトイレ等で使われるのだからいささか下品な気を帯びているというところがよかった。しかもここまで特にふれなかったが、それは特に指摘する必要がなかったからで、3人の動きにはまったく問題がなく、これだけの楽しい展開を間然なく見せきったのだから、たいしたもの。動きについて気にならずに見れることは、実は結構少ないのだ。(DANCE CIRCUS 200172,3日 トリイホール)


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