伊藤キム 1965年愛知県生まれ。'87〜90年に舞踏家の古川あんずに師事後ソロ活動を開始。'95年2月、Tokyo Journal「Innovative Awards」受賞。同年3月に「伊藤キム+輝く未来」を結成。作品では根源的なテーマとして「日常の中の非日常性」を、風刺と独特のユーモアを交えて表現している。'96年バニョレ国際振付賞受賞。海外各地で招待公演を行っている。
「花の歴史」2004年5月23日 びわ湖ホール
伊藤キムの「花の歴史」(5月23日、びわ湖ホール)は、多くの批評家やダンス関係者が観に来ていただけに、他の人も書くかもしれないし、それぞれに評価や思いはあ
るだろうが、後味の悪い作品だった。
前段の文章には、「私は」という主体を明示する意味での主語がないが、一応「「花の歴史」は……だった」という形では主述の関係の明快な文章である。ぼくたちの言
葉には、そういう便利さがある。
「花の歴史」に伊藤キム本人は出演しない。ホールの最後列中央あたりで観ていた。その前の作品に出ていたから、いわばアガリとでも言おうか。「花の歴史」は4人の
オーディションで選んだバレエダンサーと14人くらいのおばあさん(大津市立老人福祉センターフォークダンスサークル)、つまり女性しか出ない。伊藤は演出・振付の
立場に徹したことになる。「花」は女の喩であるそうで、若いバレエダンサーと年経たおばあさんたちを対比させる形になった、明快な作りである。
若い女−おばあさんという対比=差異の他に、4人のダンサーのもっているバレエテクニック、という以上にバレエ的身体を、伊藤もおばあさんたちも持っていないと
いう差異があり、バレエダンサーたちのバレエ的身体を壊そうとする伊藤の振付がある。おばあさんたちの何人かが、おやと思わせるほどのみごとな盆踊り的身体(民族
舞踊としての日本舞踊に連なると思われた)を持っていたりしたのも、驚きではあった。
この作品は結果的にそのような、大きく言えば二つの対比や差異をめぐって成立したものだった。伊藤の特質は、その対比項すべてを美しくも聖的にも見せないという
ところにあって、バレエ的身体はトウシューズというものの滑稽さを強調させられたり、関節を開くことの奇妙さを見せつけたりするためだけに衆目にさらされているよ
うだったし、おばあさんたちの身体はまず本人たちにとって、そして観る側にとっても居心地の悪さとして存在しているようだった。
出演しないという意味で作品の主体ではない伊藤にとって、同性でもなく、ダンスの身体としても共通の地平を持たない者らに対して、このような……残忍といっては
言葉が過ぎるだろうか、手つきでアプローチしたことについて、ぼくがただ保守的な観客であるだけなのかもしれないとはいえ、主述をはっきりとしておくが、ぼくは、後
味の悪い思いをした。
「激しい庭」 2001年7月20日 びわ湖ホール
今回改めて不思議に思ったのは、このような中劇場で若手のダンスを観ることの居心地の悪さだ。キム特有のえぐるような視線が中劇場の空間とうまく馴染まないよ
うな、そんな気がするのだ。もしそうだとしたら、どのように社会的評価、国際的評価を得てしまおうが、キムの世界は社会の大勢とはそぐわない独行するものだという
栄誉を得られるのかもしれない。
あるいは、ドラマシティで観る山海塾のように、身体への遠さと、本来想定されるべき身体の存在感との隔たりがそう思わせるのか。ふだんトリイホールやアイホール
で間近な身体を見慣れていると、ホールが大きいというそれだけで、何らかの「感じ」を持ってしまうということか。それにしても、それについてことさらに違和感を持つ
ということは、キムのダンスには、何か特有のにおいのようなものがあるということなのだろうか。
いきなり猿人の行進のような、奇怪な格好でダンサーは登場する。何だか上海太郎の「ダーウィンの見た悪夢」みたいな雰囲気である。先頭は前田紀和だったと思
うが、その進行と共に床の白いアクリルのパネルに蛍光灯のライトがつくのが、照明としても効果的で視覚的に面白い。首のまわりのヒモとか、よく脈絡をたどれない
メタファ(?)もあるのだが、タイトルにもあるように庭=枠の中での比較的軽度な逸脱を意図しているとすれば、じゅうぶん効果的で的確な装置だといえるだろう。
ややユーモラスな男女の乱闘の後、キムが腰を屈めて下手から現れる。緩やかな何ものかをこめたような動きからかすかな痙攣が生じてくる。立ち位置が下手手
前の一枚のアクリル板に限られているためか、山海塾における天児牛大の扱いにどこか通じて見えてくる。グループの中でのソロダンサーの見せ方というと、自ずと
このようになってしまうということなのだろうか。少々気になりはしたが、続くキムの動きは光のアクリル板の処理ともあいまって、ひじょうにスリリングなものだった。
キムがその区切りから一歩出ると、光が舞台の外縁に広がり、キムが一転大きな動きで光をたどり、元の位置に戻ると激しく動いた。ただここでも、キムの動きの
危機的な激しさが、ある種の、というのは実際の距離的にという以外の何かがあるのだろうかという疑いを含めて、遠さをもって見えたことは否めない。同じことだろ
うか、他のダンサーの動きについて、ダイレクトに鋭さが伝わってくることがなく、少々だるく感じたところがあった。
また長時間の作品を構成するという点からも、いささか強引にドラマティックに見せようとしたと思える部分がなかったわけではない。ドーンという轟音と共に床全体
が赤く点灯した後、10人のダンサーがエジプトの奉献の儀式のような動きをとった後で海賊の決闘みたいな影絵が展開されたりするのは、どのような構成に基づい
たものだったかが見えず、安っぽく感じてしまった。もちろん、このような安っぽさ(=キッチュ)がキムの魅力であると言えなくもないわけだが。
そしてラストは降りてきた細いパイプから延々と降り注ぐ黒い砂に打たれるダンサーたちのコケットリィやら惑乱やらによって、またしてもやや強引に祝祭性が与え
られる。ぼくにはやや強引と感じられたこれら後半の構成は、一つの見せ物として見た場合には、なかなか面白いものだったといえるかもしれない。
にもかかわらず、全体に見ているぼくたち(というのは、公演の後で信頼する何人かの仲間たちが一様にそれを訴えていたからだが)を覆った睡魔は、やはり身体の遠さから運ばれてきたものだったかと思うのだ。