金 満里「ウリ・オモニ」

キム・マンリ。在日の二世。3歳のときポリオに罹り、最重度の身体障害者になる。21歳のときから24時間介護による自立生活を始め、身体障害者だけの劇団「態変」を主宰。著書に『生きることのはじまり』(筑摩書房、1996

ぼくが普通に身体表現を見て、考えて、書くとき、その対象は「よく動く身体」だ。舞踏やコンテンポラリーダンスの一部に、動かないことを重視する場合がないことはないだろうが、それでさえ動く身体が動かないことで生じる意味なり衝撃なりを求めるわけだから、「そもそも動かない身体」について考えることはない。一般的に言って身体表現の「作品」とは、厳しいレッスンによって「こんなに動くようになりました」ということを前提として、空間や時間の構成を工夫し、感情や思考を盛り込み、演者を配置し振り付けるものだ。ぼくが最近よく使っている言葉を出せば、エヴァリュエーション=鍛錬とか錬磨の結果を知的操作によって作品化されているというわけだ。

金満里の身体を「動かない」とぼく(たち)は見ているが、妙な言い方かもしれないが少しは動く。「よく動く身体」に比べれば動きが小さかったり遅かったりするし、下肢は本当に動かないようだ。そのように限定された動きを、金は身体表現として見せ、ぼくは金の身体表現作品として見に行く。やや繰り返しになるが、それは錬磨の成果の「よく動く身体」を見るのではない。いったいぼく(たち)は、金満里に、何を見に行くのか。

まず黒い幕の向こうが何やらうごめいて、もぞもぞと頭が出てこようとしている。どうも出産が再現されるのだなと思う。 なかなか出て来れないのだが、それが演出なのか、そうでないのかはわからない。右手の肘でズリッズリッと進み、左手は遅れてついてくる。やがて大きな下肢が目に入る。ズリッズリッ、このような動きをぼくは他にはあまり見た覚えがない。二十年ほど前に、上智小劇場の小さな空間をズリズリと延々と数人のダンサーがうごめいていたのは、たしか厚木凡人の公演だったが、それは身体のミニマルな表現として提示されていたもので、内実はまったくこのようなものではなかったと思う。ふと「いざり」という言葉が頭に浮かび、ちょっと戸惑う。しかしこのいわゆる差別語は、zとrの子音を持つ美しい響きで、どこか宮沢賢治の造語の趣きもあるような気がする。

すると金がその動きを止め、斜め前方にじっと目を止めた。このピースが「暗夜の胎児−死への回帰と生への意志とに引き裂かれ身悶えしつつ 、一寸先見えぬ暗闇を進む胎児−目覚めの庭−エゴとエロスの花」と題されていたことに後で気づいたのだが、だからちょうどこれは「目覚めの庭」に足を踏み入れたという瞬間の表情だったのだろう、美しかった。止まっているのが休んでいるのか呆然としているのか、幾通りにも読めると思ったが、ここでの金の表情には、生命というものの本質だけが持つ神々しさが現れているように思えた。その後、舞踏のいわゆるクシャッとした顔をしたのは、この世界に足を踏み入れたことへの驚きと苦しさを現しているのだと思う。

初めてこの世界を目にしたときのような金の表情は、金自らのこれまでの歩みののちに、改めて「それでも、この世界は美しい」と証ししてくれているようで、ぼくはまずここで深く癒された。ここでぼくが感じた美しさは、この作品全体を支配する。そしてぼくが感じた癒しは、この公演が始まる前から流れ始めていたものだった。うまく説明できないのがもどかしいが、不思議なもので、扇町ミュージアムスクエアという通いなれた劇場のいつものような席に座ったのに、いつもとは少し違う、妙に安らいだ空気の中に置かれているように感じていた。

このような安らぎは、もしかしたらたとえば態変の舞台に接した多くの人が感じているものではないかと思う。このことについて過剰に言い立てようとは思わないが、ぼくたちがそう感じることのいくぶんかは、彼らの身体の見せ方、さらし方に起因しているように思われる。金は三歳の時のポリオのために、全身が麻痺している。その身体は、ぼくたちが「普通だ」とか「正常だ」と考えているものとはかなり異なった現われを持っている。金がその身体を隠蔽するのではなく、あらわにすることは、ある時はぼくたちのおざなりな規範意識や道徳心の底の浅さを突く、鋭い刃でもあっただろう。しかし、何度か態変の舞台で金たちの身体を見ていくうちに、それが深い安らぎを呼ぶものであるということが実感できてくる。それは、これを見るということには「私は赦されて在るのだ」という啓示、存在そのものについての本質的な秘蹟が含まれているからだ。

踊る身体というものは、元来「聖」である。なぜ彼女が踊るのか。それは本来、彼女が、踊ること以外では自身を成り立たせることができないように、徴しづけられているからである。スティグマ=聖痕という言葉があるが、イエスが受けた傷に代表されるように、それは傷であり罰であったかもしれないが、選ばれたという徴であり、救いの証しであり、癒しの源である。

多くの舞踏家が、そのようなスティグマを持つために苦闘してきた。たとえば岩名雅記は天刑病であることを自らに課すことで、神との回路を作り保とうとしているように思える。麿赤児にインタビューしたときには、彼はこんなことを言っていた……。「よく例に出すんですけど、からだの不自由な人が動いている、何をしようとしているのかわからない、だけどしばらくたってやっとコップを持った。それを見て、あぁ、コップが持ちたかったのか、とわかるわけです。そこまで十秒やそこらかかりますよ。彼が何をしたいかさえ、他人にはわからない。(普通そういうのは病いとか麻痺とか障害とか異常とか言われるのだが、と聞くと)それを、それをも豊かな表出だと言いたい。そのこと自体、その方法論自体が目的化してしまったような瞬間をパックする。迂回して、迂回して、その迂回すること自体が、もう既にドラマだと。」

このように舞踏の文脈の上に置いてみたとき(つまり、日常生活での困難さなどは問わないということだが)、金をはじめとする態変の人々の身体が、一種の特権的身体として舞踏家たちの羨望の的であるということがよくわかる。ここにこそ本当の聖なるものが存在し、身体の本質が顕現し、その限定された動きにこそ舞踏のエッセンスが凝縮されていると。麿が「迂回」という言葉で言い表わしていることが、すなわち人間のすべての営みの本質であるということは、比較的わかりやすい喩であると思う。人間は迂回する動物だ、といえるかもしれない。合目的的ではないこと、無駄なことをするのが人間だ、それこそが芸術だ、と。

態変の舞台を見たことのある人ならわかるだろうが、彼らが舞台の下手から上手までたどりつくためには、「健常者」の何倍、何十倍もの時間がかかる。その間、ぼくたちは息をつめてそれを見ている。そしてその間にまるで初めてのことのように気づくのは、「障害」にもいろいろあるなぁという、当然のことだったりする。

こういうことだ。ぼくたちは自分と違うジャンルに属する人々に対して、ある一括りのラベルを貼って、遠くへ押しやってしまう。外人とか、「だいたい女性は」とか、障害者とかいうように。そうすることによってその人々と自分との間に境界線を引き、棲み分け、安心する。そして、その向こう側の人々を一律に束ねてしまう。その人々が一人一人多様な個性を持っていることは見なくなる。だから戦争もできるわけだ。態変の舞台のように、様々な障害を持つ人が次々と現れるのを見ると、ぼくたちが一括りに「障害」と呼んで、そのラベルの向こう側に個別性を追いやって、個々の「人」を見ていなかったことに気づかせられるわけだ。

こんなあたりまえのことを今さらのように書いていることをぼくは恥ずかしく思っている。ある日阪神電車の魚崎駅で、車椅子に乗った人に駅員さんが話しかけていた。「これ、ブレーキか。あとで付けたんか」と。すると彼はちょっと不自由なしゃべり方で「あとで言うか、全部オーダーやからなぁ。高さとか幅とかみんな違うやろ。ぼくは手が使われへんし。一人一人違うからなぁ」と答えていた。「障害」の度合いや部位によって、歩き方、進み方は様々だ。麿の言葉を敷えんすれば、ある地点からある地点までを最短距離で到達するのは、直線という一通りしかないが、「迂回」の方法は無限にある。その無限こそが、表現の多様性、表現の本質、そして言うまでもないが人間の本性だ。

金の下肢は両腕のにじるような動きに対して、流れるようについていく。まるで人魚のように見える。それを彼女は腕で「ドッコイショ」といった感じで引き寄せて曲げる。すると遊園地の回転木馬のようなメロディが流れ、舞台の下手のほうからガラガラのような子供の遊具がころがってきて、花火が鳴り、金が笑顔になった。ちょっと予想外の展開に驚いていると、隣りの女の人が泣いていた。このシーンは直接的には少女時代の楽しい日々を(そんな日々を、幼年時代を病院のベッドで過ごした金が持っていたかどうかは別にして)再現するものであった。それが金の固有の物語を再現するものである必然性はなかったことを、ぼくの隣りの女性が証しした。

ぼくは彼女がなぜ泣いていたのか、知らない。しかし何かが彼女の心の堰を開いてしまったことには違いない。それは通常カタルシスと呼ばれる体験であったはずだ。金の本当に楽しげで無邪気な笑顔が、誰か一人の体験であるという固有性を超え出て、一つの普遍性として他者の心にスルリと入っていったといえる。しかし一方では、その無邪気な笑顔は、「重度身障者」である金のものであったためにカタルシスとなりえたことも間違いなかった。

そしてその無邪気さは、驚くような身体の動きとなって現れる。一流のバレリーナでもできないのではないかと思うような開脚、乳児のように足の裏をなめたり吸ったりするしぐさ、常人にはできない動きであることには違いないが、ぼくにとってこのような種類の動きを見るのは初めてだったように思え、強い衝撃を受けた。

このような動きは、金の身体の「不自由さ」に起因するものだろう。金の身体に「障害」があることによってそのような特異な動きができる。それを見せるということは、その「障害」を逆手にとって自分にしかできない特性に転換し得たということだ。随意には動かない足を、不自由な腕で引き寄せることで、それが身体の一部でありながらそうでないような感覚が引き起こされて、あたりまえの身体観が外されてしまうようなめまいに襲われた。

音がやんで、遠くの花火の音が聞こえた。指の形が、これまたすごい。同時に、金の目がものすごい強さを持っている。胸から腹部にかけてのどっしりした安定感と、金の眼ざしが作る強い表情が、非常にドラマチックだ。両手を合わせるようにして胸に上げ、虚空をにらむ。腕を返すと、今度は流し目で艶然と微笑む。足指と手の指が絡みあう奇妙さを提示したと思ったら、足指を吸ったまま仰向けになり、弾かれるように側転で袖に引っ込む。

白昼夢のようではないか。ここで目の前に展開されているのは、一人の女の身体が繰り広げる、考えうる以上の一大スペクタクルだ。身体や存在や感情の多様性のあらゆる様態が一挙に提示された。金の身体が「障害」を持っているということによって、その多様性は広がり、人間という存在のすべての面を見せるものとして完全なものに近づいた。これはおそらく逆説だが、およそ表現というものは、このような逆説を身に帯びているものなのだろう。

先ほど、ラベルのところで述べたように、金は障害者で朝鮮人(金の言い方で)で女性でと、ぼくにとっては三重に向こう側の人だ。今回の「ウリ・オモニ」と題された公演は、彼女が朝鮮人であるということを冠にいただいたものである。「my mother」という意味を持っているそうだが、このタイトルだけ見れば、大野一雄(この作品の監修者でもある)の作品と通底している。誰にとっても「私のお母さん」というのは何らかの感情を呼び起こすものだとは思うが、金の母は、韓国古典芸能の大家であった。今、身体表現というものを選びとった金にとって、ジャンルこそ異なれ、否応なく血脈というものを意識せざるを得なくなっていることは、容易に想像できる。彼女の幼時の障害のために、母を継げなかったことについても、思いが及ぶ。

強い弦の音が空間を覆う。彼女の下肢のどっしりした重みを思わせるような低く重い音だ。金は白い布を頭からかぶって、チョゴリを着ている。北朝鮮で何かあると、電車の中で朝鮮高級学校の生徒の制服が切られたりする、そのような衣装だ。ぼくの勤めている短大で、卒業式の後の謝恩会で、黄色い美しいチマチョゴリを着た学生がいた。生まれて初めて、おばあちゃんのを着た、と少し上気していた。

足先も布で覆われている。風の音が大きくなる。雷のような音が長く轟く。反った指の形が美しい。クククククーと、泣いているような歌っているような声が聞こえる。わけはわからないが感情が高ぶる。側転の後、左手の人差し指が天を指す。かわいい指だな、と思ったら溶暗となる。次には黒子が出てきて彼女の身体を正面に据える。薄衣を着せ、赤いたすきをかけ、ツノ隠しのような三角帽を被せる。三番そうのようだ。そして音楽が始まった途端、ぼくの全身は熱くなっていた。母を継ぐこと、母になることが、民族の芸能を継ぐことだということ。棒の先に付いた長い布を振って布の流れを見せる。太鼓を棒で打つ。仰向けになって布を振る。ここは「満里の僧舞−葬送の舞」と題されていた。僧舞(スンム)について金は、「母はその名手だったと伝え聞くが、私にとっては幻の芸である。形を受け継ぐことは叶わなかったが、魂をこめて、オモニに捧げます」と記している。きっと動きの表面だけを見れば、似ても似つかぬものだったに違いない。しかしなぜこれが、すべての人に母のことを思わせるような鋭い訴求力を持ち得たのか、もうそれはただ「伝わった」としか言いようがないだろう。続いて金の母のものらしい歌声がテープで流れてくる。音の外の音を辿っているような声、聞こえているものではないものを聞くよう、聞く者を諭しているような声だ。

生誕から幼時を辿り、自分固有の動きを獲得してそれを見せ、その根をたずねるように母をなぞるという一連が、ここに母の肉声そのものが提出されることによって円環を閉じた。そしてそれは、金満里が一人の女として人間として立っていくために必要な作業であり過程であったことも、次のピース「愛の会話」が教えてくれた。緑のドレスで髪に花を飾った金が、「庭の千草」をバックに横座りし、媚態というか、堂々としたアンニュイを漂わせている。かすかに手首を曲げると、それだけでこれまでの様々なことが思い出されるような気がする。はじめは女性的な動きのように思えていたのだが、やがて世界を見やり祝福している聖なる存在が現前しているような気がしてきた。掌が反ってライトに当たって白く光る。肩が上がる。指がふるえる。右手を唇にやり唇から糸を紡ぐような不思議なしぐさをする。一挙手一投足すべてが強い力をもってぼくに迫り、ぼくの中に強い感情を引き起こす。ぼくは動いていた。動かされていた。

そのことを千秋楽のアンコールで舞台に上がってきた監修者の大野一雄が、もっと鮮烈な形で見せてくれた。「驚きました。感動しました」と言った大野は、持ち込んだテープをかけさせ、座りこんだ金の周囲をめぐって、舞姫(歌姫?)から去ることのできない、身も心も吸い取られてしまったあわれな男になった。そして大野は金のように、指を奇妙に曲げてみせる。巻き込まれ、同じになり、真似る。金のようになりたい、というのは大野の愛であり希求だろう。それが舞踏の、そして身体表現の本質だということは、何度書いても書き足りない。大野が最後に見せてくれた金へのオマージュは、ぼくたちに金満里の舞台の愛し方、見方を代表しながら教えてくれたものだ。ぼくたちも、大野といっしょに、金のまわりでからだを動かせばよかったのかもしれない。

(「イマージュ」掲載)