Monochrome Circus
坂本公成
舞台での経歴をパフォーマンスの演出家からスタートした彼の作品は緻密で論理的な構成力において定評がある。93年以降、MATOMA France-Japon、サンチャゴ・センペレ、カンパニー・ファトウミ・ラムルー(仏)などのプロジェクトに参加しながらコンテンポラリーダンスを学ぶ。また、関西日仏学館、Villa九条山に滞在するフレンチコンテンポラリーダンサーのWSのコーディネート、96年にスタートしたワークショップフェスティバルなどの企画に参加する中で、欧米のダンスの新しい潮流を学んできた。
96年、ポータブルコレオグラフシリーズ『収穫祭』シリーズを開始。お寺、商店街、個人宅への出前など観客との相互作用を重視したこのプロジェクトは上演100回を越える。 '00年秋には世界最大のダンスフェスティバル「リヨン・ビエンナーレ」に招待され俄に注目を浴びる。
'01年、横浜ダンスコレクション Solo*Duoコンペティション、静岡振付コンクールに立て続けにノミネート。'98年、'00年に続き3度目となるヨーロッパツアーを実施。リトアニア、ドイツ、フランス5都市でその活動が紹介される。また'01年度の京都市文化特別奨励者に選出される。
元々自身の活動をアートユニット的な活動から始めた坂本の振付家・演出家としての特性は、「収穫祭プロジェクト」 などのフットワークが軽く、領域横断的な活動からも伺える。その活動は、パリでは10年ぶりという日本現代美術の展覧会『現代日本の創造力展』を始め、『 Eaux de La'98』、『3rd Biennle d'art contemporain』『Art Packing 平野』『豊科近代美術館』『Hiroshima Art Document』、『芸術祭典・京'98 造形部門』、など現代美術のフィールドで紹介されることも数多い。
'02年度は、バンコク、ソウルのダンスフェスティバルから招待され公演・WSを行うのを始め、アジアン・カルチュラル・カウンシルの助成を受けNY研修を行う予定。American Dance Festivalに新作を提供する他、京都市の委託を受け、アジアの数都市と国内の数都市でカンパニー毎レジデンスしながら作品創作と出前のプロジェクトなどを行う 「クリエイティブ・サーキット」 の企画・演出を行う予定。
森裕子
1993年、ヤザキタケシらと共にMATOMA France-Japonに参加し、数多くの国際的舞台に立つ一方、多様なアーティストと共に路上や劇場や人の家で踊る経験を重ね、仲間やダンサー・振付家との出会いの中で輝きを増してきた。コンタクト・インプロヴィゼーションをデイビッド・ザンブラーノ(NY)等から学ぶ。2000年秋にリヨン・ビエンナーレ、Eaux la'2000などに招待されたほか、ワイマール、ベルリン、東京、京都、松山でコンタクト・ワークショップの講師を務めるなど、彼女のティーチングの方法論は、初心者からプロのダンサーにまで、幅広く受け入れられている。
木村英一
18歳よりジャズ、モダンダンスをマリコダンスシアターにて始め、同カンパニー公演に多数出演。1996年日独共同制作「水に浮かぶ葉」出演。京都・東京・ドイツ公演に参加する。1997年よりMonochrome Circusに参加し、2000年のリヨン・ビエンナーレ招待公演に参加。2001年、神戸ファッション美術館でのコンタクト・イベント「Con-tac-tix2」や「SKIN/ephemera」で2001年横浜ソロ・デュオコンペティションに出演。
東山ダンスミニシアター 2001年3月25日(日) 京都市東山青少年活動センター Monochrome Circus「収穫祭2001」
舞台転換の幕間に前田典子の手になるお菓子が配られた。これが実に手づくりらしくおいしいものだった。手づくりらしいというのは、うまく言い当てるのは難しいが、味にエッジが立っていないというような、そんな意味でだ。洋菓子店のケーキなどは、やはり何か専門的な材料だか技法だかによって、さすがと思わせるようなシャープな切れ味をもっているものだ。そんな切れ味がない分、鋭角でなくこちらの感覚に寄り添ってくるような柔らかに落ち着いた味わいがある。おそらくこれが手づくり感というものなのだと思った。
坂本公成、森裕子、木村英一、荻野ちよ、そしてギターのTake-Bowが出演したMonochrome Circusは、「収穫祭2001」と題する柔らかなパフォーマンスで、東山青少年活動センターのオープニングの空気を彩った。「小さいけれども思い入れのある出会い、シンプルだけども深くしみじみする旅」と副題が付けられていたように、彼らが作った時間によって、この空間全体がとても懐かしいようなあたたかい気分に思われたのが、何よりよかった。ちょうど前田のお菓子のような味わいが引き継がれたわけだ。
彼らは自分たちで鍵盤ピアノやギターをひき、歌い、踊った。森の小さな身体が、時には映像とシンクロしながら伸びやかに息づいていたこと、何気なさそうな荻野の動きの一つ一つにドラマティックな表情があり、絵づらとしてとても美しかったこと、坂本と森、あるいは木村と荻野のコンタクトやユニゾンが実に安らかな味わいを醸し出していたこと、など多くの動きが印象に残っている。この日は飯田茂実が病み上がりのためあまり出られなかったのが残念だが、「秋休み」「死ぬ時は一人きり」といった選曲が全体的にちょうど若い頃の友部正人らと一脈通じるような味わいで統一され、それだけでも先に述べた懐かしいような気分になる。しかし、大切だと思われるのはそういう一つ一つのことだけではない。全体から最初に述べた手づくり感、この何十分かのステージを数人で一生懸命作り上げている、その手つきが直接見えてきて、胸がキュンとするような感じがしたことが大きい。
ふだん坂本らが提出する、コンタクト・インプロヴィゼーションを芯にしたシリアスな作品の一端は、以前京都芸術センターで発表された木村と藤野直美、有吉睦子による「色の名前」の断片で披露されたが、それと鍵盤ピアノとの間にどのような関係があるのか、一見不思議に思われる。しかし野暮を承知でいえば、コンタクトするということのベースに同じ空気を共有することの必要性があるとすれば、これらは彼らの中で重要なプロセスの一つというよりは、同じことの二つの現われであるように思える。彼らにとって身体表現は、一つの理念の希求であり、世界を創ることだ。そしてそれは、この東山ダンスミニシアターの全体に、ロビープロジェクトも含めて、確実に通奏していた。つまり、このような理念が、ここに集まった多くのダンサーやスタッフに深く正確に共有されているらしいことがうかがい知れた。
Kyoto Scene〜リヨンビエンナーレ招待作品/公開リハーサル 2000年9月3日 京都芸術センター
4つの作品、どれも1度ならず見たことがある。それがリヨンに行くというので、うれしい反面、他人事ながら不安でもあった。だが、そんな不安を払拭する、レベルの高い公演となった。
一つ目の「Husais」(ユザイス)は、カンパニー・ファトゥミラムールの作品を、坂本公成と森裕子が踊ったもので、昨年ファトゥミラムールの公演で初演したもの。初見の時よりも構造がやや鮮明に見えたのは、こちらが馴れたのか、ダンサーが成熟したのか。isolationからcombinationに移るダイナミズムがよく見えたのは、収穫。ただ、やや身体が遠い感じがして、比較的には見る喜びに乏しいような気がした。(中略)
最後が坂本公成の振付による「泡-沫」(うたかた)。アルティで見た時に比べて、特に坂本と木村英一のコンタクト・インプロヴィゼーションの部分の緊張感、密度がものすごく高くなっているのには、驚いた。森裕子と木村のインプロにも、浮遊感があってよかった。ステージが極端に長辺の長い長方形であったことも、作品全体にとって効果的だったのかもしれない。アルティでは舞台上手にスクリーンがあって、ビデオがズームインしていったところを、森裕子がスクリーン状の紙を手に持って歩くのを見て、どんな状況でもやろうと思えば上演できるのだなと、感心。
会場は旧明倫小学校。基本的には稽古場であるということで、舞台機構や照明などはけっして十分なものではなかったようだし、階上の音も少し聞こえてしまうのだが、このようなところでもレベルの高い公演が打てるということに感心する。 考えてみれば、普段から坂本や森は稲畑ホールや中京青年の家などで工夫しながら公演を企画しているわけで、実は京都の元気のよさというのは、こういうところにあるんじゃないかと思った。