宙 組
新人公演

 

黎明の風

 鳳翔大が轟悠本役の白洲次郎で初主役。歌には弱さがあるが、歌うときの表情や姿が非常にすがすがしいのがいい。随所にスケールの大きさを見せ、明るい大らかさに好感が持てた。少しセリフが流れたところもあったようだが、太いいい声をしている。特攻隊決定の報を聞いて崩れ落ちるさまが美しく感動を呼び、さすがにダンスの名手であると思わせた。

 歌で苦労したのは流しの男(本役・風莉じん)の香翔なおとも同様だが、この香翔が武藤(同)では打って変わって安定した渋い表情を見せた。なお、どうした加減か、この流しの男が登場する第2場は、他の出演者も含めて全体にセリフと動きの間合いが悪く、ずれたりバタついたりしていたようだった。コメディの難しさということだろうか。

 マッカーサー(本役・大和悠河)の蓮水ゆうやは、歌、姿、動き、セリフいずれも高いレベルで、さわやかに水際立った美しさが印象的だった。フィリピン撤退、朝鮮戦争、解任などの複雑な背景を深く理解し、随所で厚みのある演技として見せることができていたように思う。特に解任から離日に至る複雑な情感と難しい立場を、美しい表情にかげりを見せながらうまく表現することができていた。

 吉田茂(本役・汝鳥伶)の春風弥里も、貫禄といい風格といい、文句のない大きな存在感を見せた。ただソファーに掛けているだけでも吉田らしさを感じさせられたのは、すばらしい。同様に地味ながら味わいのある演技で存在感の大きさを印象づけたのが、近藤(本役・美郷真也)の七海ひろき。常に手を前に組んで恐縮している実直な風情、前に出ずうつむき加減な姿勢が実にはまっていたし、自ら言い聞かせるようなセリフの出し方もいい。第6場で酔っぱらいを演じたところでも、上品で面白く、豊かな芝居心を見せた。新人公演でベテランの役を演じるのは大変難しいと思うが、春風と共にこの二人の好演が芝居の軸をしっかりと定めたと言っていいだろう。

 辰美(本役・蘭寿とむ)の凪七瑠海は、背広姿が美しく、声にも張りがあり、やっと堂々とした大きさが出てきた。レクイエムの場面でもシャープな動きと表情でダンスリーダー的な存在をよく務めあげた。ちょっとセリフを急ぎすぎたようなところや、しぐさが大きすぎるところがないでもないが、グルーバーらに抗議する場面での強さや、白洲に戦犯リストの件で感謝する場面のしみじみとした情感には、強く訴えかけるものがあった。

 プレストン(本役・北翔海莉)の澄輝さやとが、主張する強さと緩衝材的役割の柔らかさを混在させて、快演。表情の明るさにも好感がもてる。グルーバー(本役・悠未ひろ)の暁郷も役柄をよく把握して、苦みと暗さのある深い演技を見せた。宮川(本役・七帆ひかる)の蒼羽りくがダンスのシャープさ、表情の的確さで、大きな可能性を感じさせてくれた。ロシア人のテレビャンコ(本役・天羽珠紀)の月映樹茉が強い表情でうまくメリハリをつけ、わずかな出番だが強い印象を残した。

 もう六年目になった花影アリスは、新人公演主役が四作目でもあり、安定感もあり、娘役としては新人とは呼べないような域に達しているといえるだろう。だからこその細かい苦言を呈すると、歌でヴィブラートを付けすぎてうるさく聞こえることがある。また、セリフの声もやや大きすぎて、まわりの芝居とのバランスを崩しかねないことがある。自分の演技に夢中になるのではなく、舞台全体を意識するくせを身につけてほしいところだ。

 ジーン(本役・美羽あさひ)のすみれ乃麗は、アメリカ人らしいしぐさの大きさを強調しようとしたのかも知れないが、序盤では少し不自然で空回り気味だったように思う。セリフの調子はよかったので、他の役であれば心配はないだろう。ポーラ(本役・花影)の天咲千華はセリフの声の幅が大きく、演技の振れも大きいので、これまた今後が期待できる。

 ブギの女(本役・音乃いづみ)の妃宮さくらの歌がパワフルですばらしかった。バックの歌手が花音舞をはじめとして明るく元気がよく、ダンサーの綾瀬あきならもキレがあって楽しく活気のある場面となった。

  東京ローズ(本役・美風舞良)の藤咲えりは、セリフの押し引きが的確で、前半での奔放なセクシーさ、後半での抑制した哀切や沈鬱を共に十全に表現できていた。「蘇州夜曲」は「嫋々たる」というような言葉を当てたくなるような絶唱。細くはかなげで、彼女の複雑な来歴を、セリフ以上に語れていたように思う。本公演で急な役替わりによって大きな役についたことが、彼女自身の役づくりに活かされ、彼女にある種の華やかさを与えたのだろう。わずかな期間で大化けといってもいいような飛躍的な成長を遂げたということになる。

維新回天

 早霧せいなは二度目、和音美桜は初めての新人公演主演だったが、習うべき本役が一公演限り、しかも貴城けいは組替え直後のお披露目・退団だから同じ組にいる期間が短く、様々な面でそのことの影響はないのかと心配されたが、逆に思い切って自分なりの役作りができたのか、なかなか爽快な新人公演となった。

 まず西郷隆盛(暁郷。本役・寿つかさ)の豊かな声量が印象深く、幾松(藤咲えり。本役・音乃いづみ)の落ち着いた風情へと続いていく。お竜(本役・紫城るい)の和音の声はさすがに耳に心地よいだけでなく、現在の境遇や、幸せを手にした幾松への羨望など様々な思いがこもっているように聞こえる。この冒頭の回想シーンで、この公演の成功は、ある程度予測できたといっていいだろう。

 早霧(竜馬)は、決して長身ではないが、姿勢がよく立ち姿に隙がないので大きく見える。笑顔がさわやかで、声に伸びがあり、セリフのテンポがよく、メリハリのつけ方もうまい。薩長同盟に至る切迫した場面では、武市の切腹もふまえて悲壮感が漂い、熱さを全面に押し出すことができた。外見は愛らしくキュートなほうだと思うが、大きさや強さをアピールすることができたことは、非常に大きな意味があったと思う。早霧は昨年の舞踊会にも出ていたが、和音ともども腕の伸ばし方など日本物らしい動き方がよく身についているようで、日頃の精進の成果が出たといえよう。

 お竜との出会いの場面が、うきうきした昂揚感とさわやかなユーモアに満ちて、二人の初々しい表情が微笑ましかった。和音は、定評のある歌で十分に情感をあふれさせ、第七場「羽織と袴」で放り投げるようなテンポのいいセリフ回しで、自分で自分を勇気づけながら竜馬の部屋まで来たということをよくわからせることができていた。袴に佐那子の刺繍があるのを見つけて「あほーっ」と叫ぶ勢いも愛らしい。それを受けた養母のお登勢(本役・邦なつき)鮎瀬美都の驚き方も面白く、続く場面ではしっとりと情感をあふれさせ、しっかりした演技力で芝居を作った。お竜がライバル視する佐那子(本役・和音)咲花杏は、さすがに愛らしさと気丈な面を演じ分け、華やかさと凛々しさを併せて存在感を示した。

 花影アリス(お蝶。本役=美羽あさひ)にツヤが出てきたのがいい。「主と朝寝が…」の一節は、たいそう色っぽく、男役顔負けの強い声音も出せていた。グラバー邸での場面では堂々とした貫禄を見せ、「行きまひょ」という流れの切り方も絶妙。グラバー邸の歌手・葉室ちあ理(本役・美風舞良)の歌はさすがにすばらしく、変な外国人訛りではなく、もっと本格的な場面でたっぷりと聴きたかった。退団は惜しい。

 男役では、蓮水ゆうやが中岡慎太郎(本役・大和悠河)と大きな役に当たった。眼差しに力があり、セリフの声の上げ下げも的確で、歌もいい。一橋慶喜(本役・蘭寿とむ)春風弥里は、メリハリのある台詞回しが耳に心地よく、眼光の鋭さがはっきりと出ていた。歌は得意ではないかもしれないが、丁寧でしっかりしていて、何より将軍らしい風格があった。沖田総司(本役・早霧)七海ひろきは、声のさわやかさが好印象。勝海舟(本役・立ともみ)八雲美佳は、声に厚みと海舟らしい気風があり、陽性の魅力があった。苦悩や翳りといった面を出せるようになれば、さらに芸域は広がるだろうと思われる。西郷のは、セリフの声の強さ、間合いの押し引きのうまさで、演技のセンスのよさを見せた。武市半平太(本役・悠未ひろ)鳳翔大も、柄に大きさがあり、実のある丁寧な演技を見せた。桂小五郎(本役・北翔海莉)凪七瑠海は、やや上品で愛らしすぎたか、迫力が出てこない。座り方でももっと大胆に裾を乱してみるなど、形から入ることもできたように思う。高杉晋作(本役・十輝いりす)麻音颯斗は、頭脳明晰できりりとした姿の中に策士らしい狡猾さを見せ、場末っぽい雰囲気を漂わせたおうの(千鈴まゆ。本役・花影)といいコンビネーションを見せた。

 新人公演担当演出家は、時々本公演にはない遊びや見せ場を作るが、今回の鈴木圭は、女中(老婆。本役・花露すみか)華凛もゆるに、思いっきり遊ばせた。その部分だけ取り出して見れば面白い趣向ではあったと思うが、アクセントが強すぎて本筋の邪魔になったように思う。逆に、本公演で爆笑を誘った公家の男二人(綾音らいら、妃宮さくら。本役・鈴奈沙也、彩苑ゆき)に工夫はなく、多くの観客に肩透かしを食らわせたのは、逆効果ではなかったか。(2006年)

傭兵ピエール

冒頭の火あぶりの場面で、群舞が妙にバタバタしていることと、彩乃かなみ(ジャンヌ・ダルク。本役・花總まり)の表情が希薄なので、心配になった。新人公演で群舞に魅力がないと、その組自体に力がないのではないかと心配になる。もちろん、この群舞については、本公演でも動きのついてるのは上半身だけで、下半身はピョンピョン跳んでるだけ、スケールが小さく平板な振付だと思ったのだが、一回限りの新公なら、そんなつまらなさを振り払うだけの迫力があってほしいし、振り払える可能性は大いにあった。技術が拙劣だったとしても、新公で与えられる役・位置はその一回限りのもので、新人たちにとってはかけがえのないものであるはずなのに、そこで意欲や迫力が伝わってこないというのはどういうことなのか。まして、ことダンスに関しては、新公のほうが若さがあるし、演技と違って技術的にはさほどの遜色はないだろうし。

あるいは、新公という舞台をまとめる芯となる役割は、いわゆる「新公の長」が務めるのであろうが、その任にある彩乃の表情が曖昧だったことと関係があったのだろうか。実際、この後も彩乃の演技には、疑問符をつけたくなるようなシーンが多かった。ちょっとユーモラスにバタバタするようなシーン、たとえば傭兵の宿舎へジャンヌがピエール(悠未ひろ。本役・和央ようか)に連れられて初めて訪ねるシーンなど、花總が演じるとウブだかカマトトだかはさておき、とにかくテンポのいい楽しい場面として成立するのに、彩乃が演じるとただ意味のないシーンのように思えてしまう。テンポをよくつかめていないのか、カマトトぶるのが苦手なのか、結果的に1時間半の劇の中で、その場面がどのような役割を果たしているのかが、どうにも理解できていないような、けっこう重大な物足りなさが残った。それは結局、彩乃がジャンヌ・ダルクという大きな役を、どのように自分のものにすればいいか、最後まで確認できないまま当日を迎えてしまったということであり、演出家(新人公演担当=稲葉太地)がそれを提示できなかったということではないだろうか。さて、この劇の、このジャンヌ・ダルクという存在は、そんなに難しい役だったろうか。花組時代にいくつもの難役に挑んできた彩乃のキャリアからいっても、少なからず疑問の残る結果となってしまったことは、残念だ。

新公初主役の悠未は、以前から気になっていたことだが、やはり身体の大きさを十分生かしきれていないのが惜しい。特にせっかくの長い腕を伸ばしきっていないのが、いかにももったいない。歌はなかなかよかっただけに、自らの長身をしっかりと認識して、ふらふらすることがないよう、身体の中心を意識した動きをとれるようにしてほしい。

よかったのは、会計係トマ(本役・伊織直加)の七帆ひかる。見た目が愛らしい一方で大きさがきちんと出せていた上に、ちょっとした間(ま)の外し方など、歌のセンスがひじょうによかった。動きに時折幼さが出ることがあったが、今後の展開を大いに期待したい。また、ロベール(本役・水夏希)の十輝いりすも凛々しく華がある。おそらく意識的に動きを大柄に丁寧にとっていたのだと思うが、鷹揚な貫禄にも似た大きさが出ていたのがいい。悠未を加えたこの三人が銀橋に並ぶと、二階席からでも「そびえ立つ」というような迫力があって、壮観だったのは確かだ。

他には、巽希和(幽霊騎士)の声音になかなか迫力があり、堂々とした威風があったこと、和涼華(ラ・イール、本役・椿火呂花)が朗々と溌剌として、さわやかだったのがいい。

そして娘役では、以前から着目していた音乃いづみ(カトリーヌ。本役・華宮あいり)がさすがによかった。今回はあやしく大人っぽい色気が遺憾なく発揮されていて、演技の幅の広さをうかがわせた。新公では大きな役のついていなかった花影アリスといい、淡彩ながら際立った存在感のある娘役が多く、見ていて気持ちがいい。


『鳳凰伝』

 遼河はるひのカラフ(本役・和央ようか)があまりに鮮やかで、他のものがかすんでしまうほどの、水際だった新人公演だった。遼河は、初めのあたりで声にほんの少し甘さがあるかと思われたところもあったものの、声にいいふるえとつやがあり、強い声も自在に出せる。歌い方が丁寧で、ナチュラルにだろうかヴィブラートやトリルが入るのが、すばらしい。視線の使い方によって会場全体を自分のものにすることができているし、立ち方も堂々としていて、重みがある。初めてトゥーランドットを見て興奮するところで、その異様なまでの熱さが伝わってくるようで、演技への強い集中力がうかがわれた。パンフレットに「下級生の頃から憧れていた中国を舞台にした芝居」というのは、『紫禁城の落日』のようなイメージがあったのだろうか。初主役とは思えないほどで、新公の主役にこれほど惚れぼれと見入ったのは、久しぶりであった。次の展開がひじょうに楽しみだ。

 もちろん他にも書き留めておきたい存在はたくさんあった。まず、タマルの音乃いづみ(本役・彩乃かなみ)。最初は、あの滑舌がいいのは誰だっけ、と思っている程度だったが、彩乃の役だし歌はどうかなと心配していると、これがなかなかいい歌を歌う。強さが必要な時には強い歌を、そして子守り唄では柔らかくやさしい歌を、きちんとふさわしい声質で歌えていたのは、たいしたものだ。最期の場面ではひじょうに厳しく強い表情を出せていたし、十字になって運ばれる時にもピンと四肢を張りつめて堂々と美しく、すばらしかった。

 ゼリムの早霧せいな(本役・初嶺まよ)を初めて知ったが、姿の美しさもさることながら、表情が豊かで明るさをもっているのがいい。滑舌もよく、今後が楽しみだ。バラクの悠未ひろ(本役・水夏希)は歌はいいが、特に前半で役の悪さを強く出そうとしたのがやや裏目に出たのか、下品に近くなったのが残念。芝居はうまいようで、最期の場面はドラマチックでよかった。トンの十輝いりす(本役・椿火呂花)の歌に太さがありながら、全体には軽やかさをもっていたのがいい。ラストではりりしく力強い表情を出せていたのもよかった。

 北京の民(男・歌手)の天羽珠紀(本役・苑みかげ)、歌も演技も苑に劣らないほどよかった。同じく北京の民(女・歌手)の美風舞良(本役・鈴奈沙也)も見た目にかわいらしく、歌がひじょうにやわらかでよかった。その他のメンバーの熱気もよく前に出ていて、この「北京の広場」の場面は、ひじょうに充実したものになっていた。

 華宮あいり は、今回は中国皇帝(本役・萬あきら)。声が重く、セリフ回しもよかった。見せどころは少ないが、「掟を告げよう」というセリフなど、強さと重みが、まさに皇帝であるように聞こえた。専科の役をしっかりものにできていたといえるだろう。首斬り役人の珠洲春希(本役・寿つかさ)のダンスに、いい雰囲気が出ていた。

 アデルマの美羽あさひ(本役・ふづき美世)は、本役同様大きな揺れをなぞるにとどまり、内面の葛藤を表現するにはいたらなかった。作家の人物造型上も大きな問題があると思うが、演技が類型的に過ぎるといえばいいのか、脚本を読んで役づくりをして身体を動かして演技する前に、「狂ったように女を打つ」とか、単純なト書きに還元してチャンネルを切り替えているようにしか見えない。

 トゥーランドット(本役・花總まり)の彩乃かなみは、美しかった。目の描き方が変わったのだろうか、顔がひじょうにシャープになっているように思えたが。定評のある歌はもちろんすばらしいが、正確でありながらやわらかさがあって、低音にひじょうに魅力的なつやがあることを改めて認識させられた。セリフにも迫力があり、特にタマルの死の後に宮殿に一人取り残され、茫然として独白する場面では、強い力があった。

 演出は、本公演と同じ木村信司ということで、特にセリフや演出の改変はなかったようで、落ち着いて観ることはできた。

カステル・ミラージュ新人公演(宝塚大劇場)

 もちろん注目は主役の椿火呂花(ルビー。本役・和央ようか)。ダンスは必ずしも得意ではないかもしれないが、演技に落ち着きがあり、口角の形が美しく、まっすぐな歌には張りがあり、何よりも新人公演で特に大切なことだと思うのだが、公演の時間が経つにしたがってどんどん存在感が大きくなっていったのがいい。最後のロシアン・ルーレットで微妙な笑顔をたたえたまま最期を迎えるところなど、一種の凄みさえ感じられた。若干注文をつけるとすれば、歩き方を工夫すればもっと身体が大きく見える。ラブシーンが少しぎこちなく思えたのは、かえって微笑ましいというべきかもしれない。

 一方、彩乃かなみ(エヴァ=マリー。本役・花總まり)には、飛翔感、垂直感を感じることができなかったのが不本意。これは決して体形のことを言っているのではない。その点では、ずいぶん細くなったと思うし、じゅうぶん美しいと思っている。しかし、舞台の上で他を圧して一人抜け出てくるような突出感がない。こういうふうに感じるのは、ただの好悪だと思われるかもしれないが、ぼくは彩乃の存在についてはけっこう好意的に評価しているほうだと思う。なのに、主役であるにもかかわらず(実は本公演でもそうなのだが)、探さなければならなかったというのは、なぜだろう……、そう感じてしまったのだ。もちろんさすがに歌唱力には素晴らしいものがあるし、演技にはいい落ち着きがある。宙組が特に同世代の娘役が粒揃いであるためとか、周囲に輝く娘役がいたからというのでは、残念ながら、ない。時折声音が花總そっくりになっていたが、花組時代と違って、本役の役柄や色が合わないということはないのだろうか。ここで結論を急ぎたくないので、とりあえず今後の展開を見守る他はない。

 テイラー(本役・湖月わたる)の遼河はるひは、全般にレベルアップしていて今後がますます楽しみ。ダブルのスーツ姿が凛としている。これも一つ文句をつければ、腕の使い方が中途半端で、上体が大きく見えないところ。せっかくの長身が、逆にアンバランスに見えてしまいかねない。腕を出したり動かしたりする時は、素直にそのまま上げるのではなく、肩から内側あるいは外側に回して、最長距離をとるようにしないと、ダイナミックさが出ない。身長のわりに肩幅が狭いのだとしたら、なおのこと。それはさておき、表情の作り方に格段の進歩があり、また「地球は回り続ける…」と歌う場面での声の暗さを帯びた艶など、男役としてかなりでき上がっているという感触を持った。

 夢大輝(アントニオ。本役・伊織直加)は、新公の渋めの脇役でこれまで何度も大いに魅力を振りまいてきた。歌声が太く艶があっていい。月丘七央(ジャスパー。本役・)が背中のカーブの美しさで目を引き、随所でさわやかな悪さ()を感じられて好感を持った。悠未ひろの動きがよかったのも目に止まった。

 華宮あいり(ジョー。本役・水夏希)は相変わらずキレのいい動きで目を引いているが、そろそろ若々しい生きのよさだけでは物足りなく思われてくる頃だ。ストレートな芝居の中では受けに回ってしまうような、よく言えば人のよさが感じられる。天性のタメをもったダンス、キュートな笑顔という魅力以外に、たとえば屈折した翳りのような魅力を持てれば、一段とスケールがアップすると思う。そのような役どころを与える機会を近いうちに作ってほしい。

 娘役で目に止まったのは、冒頭でヘレン(本役・鈴奈沙也)の音乃いづみが姿のよさで。ダンサーの中で麻生あくらが動きのキレ、膝の角度などの形の美しさ、輝くような表情で。

 今回ジュリエッタ(公爵夫人。本役・陵あきの)に回ったふづき美世がいい芝居をしたが、随所で大鳥れいにそっくりだったのには驚いた。大人の女を演じるという時、確かに大鳥は特に花組出身の娘役にとって身近な一つの典型として存在していたのだと思われる。組替えによってふづきが今後どのように変化するのか、楽しみだといえよう。

 ここで名前を挙げることができた人数は決して多くはないが、全体にこの新公にはいい勢いがあった。組替えが多かったことで観る側が新鮮に思ったこともあるかもしれないが、端役に至るまで強いエネルギーを発していたように思う。


憤怒のフェルゼン 「ベルサイユのばら2001〜フェルゼンとアントワネット編」 宙組新人公演

 フェルゼンは怒っていた。眉を逆立て、口をゆがめて、国境近くの村からコンシュエルジュに向かって馬車を疾駆させるフェルゼンは、運命とか時間とか、自分の力ではどうにもならないものに対して、そしてそれに対してどうすることもできない自分に対して、ただただ怒っていた。その怒りは、牢獄でアントワネットに向かい、説得ならず彼女が断頭台の露と消えるのを見送った後の歌にも引き継がれた。このことによって、「ベルサイユのばら」という大味な大芝居が、一人の外国人青年伯爵の「自分で蒔いた種」とはいえ、運命への無力を認識し打ちひしがれた、悔恨と悲哀の物語に転じたように見えた。これによって、率直にいうが、本公演よりも遥かに密度が濃く引き締まった作品になった。これは前回再演時に演出助手を務めた、今回新公演出担当の中村一徳の記憶や思い入れのせいだったかもしれないし、初主役でフェルゼンを演じた月船さららの記憶か勉強か読み込みかの賜物だったのかもしれない。いずれにせよ、クールな和央フェルゼンに比べ、熱いフェルゼンを見ることができたのは、よかった。

 そうなるためには、大団円に至るまでのいくつものシーンの一つ一つにも熱い緊張感が流れていたのは、いうまでもない。全体に、科白のやり取りのテンポや間(ま)がよかったのだが、まず「これは!」と思わせられたのが、フェルゼンに身を引くようにメルシー伯爵(苑みかげ。本役=未沙のえる)が説得する第7場。メルシー伯のアントワネットを守ろうとする使命感と熱い忠誠心の強さが、続くフェルゼンの反発を激化させ、彼のアントワネットへの思いを増幅させたのだろう。専科の役を新公で演じるのは難しいが、苑がよく演じきれたのは、役に対する読みと思い入れの深さあってのことだっただろう。最後にメルシー伯が「お願いでございます」と腹の底から訴えかけたのに対して、フェルゼンが息を呑むようにして応えていたのには、本当に驚いた。そこには科白や演技を超えた魂のぶつかり合いがあった。フェルゼンがメルシー伯とは(もちろん)違って、アントワネットをただの一人の人間、一人の女として見ていたこと、メルシー伯が逆にフランスの王妃として見ていたこと、その両方の強い思いが、これまた本公演よりもヴィヴィッドに伝わってきた。

 そしてオスカル(華宮あいり)とアンドレ(速水リキ)である。オスカルはあくまで美しく、告白するが何度も背筋がゾクゾクした。アンドレからはオスカルを思うまっすぐなひたむきさが手に取るように伝わってきた。華宮の声はハスキーと言うよりかなりかすれているようで、このままではノドを潰してしまうんじゃないかと心配なのだが、それすら、女であるオスカルが男として生きるためにわざと声を潰したのかと思わせるリアリティがあった。あの美しさで、あの声で「私を抱け」と言われれば、誰だって「今日まで生きていてよかった」=もう死んでもいいと思うだろう。

 だからアンドレは、あのように終わることができた。死に瀕しながらもよく伸びた速水の強い歌声は、アンドレの男気を余さず表わしていた。「オスカル、どこだ」という痛切な響きに応える「アンドレ」という華宮の声が、遠い向こうからさらに遠くへ向かって投げられたもののように聞こえたのは、もうこの時にオスカルは半ば向こう側へ行ってしまっていたことの証左だったかもしれない。続いて「シトワイヤン、行こうー」と長く伸ばされた声の響きは、いつまでも続いて、そのまま彼女の終わりまで流れたように思える。ベルナール(夢大輝。本役=朝宮真由)の「バスチーユに、白旗が…」が、オスカルに捧げられた白バラを差しているようにさえ聞こえたのは、控え目に言ってもこの一連の時間が劇として成立していたからだ。

 個々の演技も冴えていた。モンゼット公爵夫人(梶花空未。本役=出雲綾)もずっと的確で上品だったし、ロザリー(遠野あすか。本役=陵あきの)の真情の深さとベルナールの難しい立場の中での誠実さも強く伝わった。侍女フランソワーズ(水月舞。本役=萌水せりか)が声も姿勢もよく、情の深さがじゅうぶんに出ていたのがいい。このように後先は定めにくいが、全体に相乗作用として劇の熱さが高まるという好循環がもたらされたのだろう。

 マリー=アントワネット(本役=花總まり)の美羽あさひは、なかなか調子が上がらなかったが、最後のコンシュエルジュの場面ではいい落ち着きを得て品格が出始めていた。口もとが少し崩れるのが気になるのと、あごの引き方で演技が小さくなってしまうことに注意してほしい。ラストの「愛、それは」の歌で、フェルゼンの歌にかぶさって歌い始める時の出が弱かったのは、残念。

 月船の歌については、音程がややふらつくようだったとはいえ、声質がよくコントロールされていたことと、声がまっすぐに出ていたのが好ましい。また、大きな芝居ということを体得できたのか、銀の小舟のシーンでアントワネットを抱きかかえようとする前に、腕をさっと大きく広げてみせるなど、いい意味で芝居らしい演技ができていたのもよかった。


大劇場が陶酔した〜宙組新人公演「望郷は海を越えて」 

 素晴らしい新人公演だった。それは、主だった出演者が、すべて丁寧に演じることを心がけていたからではなかったか。そんな、しっとりとあたたかい印象の残る、レベルの高い公演だった。このような公演のレビューを書くのは、演劇の素晴らしさを語ることそのものであり、実に楽しい。

 まず華宮あいり(蔵人。本役=湖月わたる)の素晴らしさをいくつか語っていこう。まず、なぜだったろう、腕を斬られた後の現れた姿が、一回りも二回りも大きくなっていた。こういう場面に立ち会えるということは、演劇というライブな表現において、最もスリリングで心躍ることなのだ。一言でいってしまえば、華宮は蔵人という男を生きていたということであるが、それ以上に、そのことを表現する力をもっているということが素晴らしい。

 続いて、彼を慕ってついてくるリュドミラ(遠野あすか。本役=陵あきの)から離れて、一人さまよう蔵人が、神を見るシーン。まさしく宗教的体験による法悦、恍惚以外の何ものでもない瞬間が、劇場の空間を寸分余すところなく覆い尽くしたといっていい。

 また、海人がペテルブルクからやっと戻ってきた時、蔵人は仲間を葬って帰ってきた。その時の「たった今、埋めてきた」という科白の迫真。これは、すごかった。ドラマティックに昂ぶるのではなく、絞り出すのでもなく、淡々とした声調が絶妙で、背筋がゾクゾクッとした。その後、ロザリオを握りしめる姿も、もちろん美しかった。

 そして、ロシアに残ることを海人に告げた後の歌だが、丁寧に心をこめて歌われており、声量が豊かというわけではないのだが、味わいのある、しっとりと聞かせるものだった。息を詰めるようにして聞いていたのだが、歌い終わった華宮に危ういほどの恍惚を感じたのだった。

 これらのことは、華宮の立ち姿の美しさ、動きの鋭さ、眼ざしの色気、目の使い方のうまさ、少しひっかかりのある声質のよさ、その他それぞれすべてがうまく噛み合って醸し出された魅力である。彼女は何より、観る者を酔わせる力をもっている。貴重な、華があって技術のしっかりした男役である。大切に育っていってほしい。

 もう一人、本公演でも随所で愛らしい笑顔で目立っていた、和涼華(伊三。本役=久遠麻耶)。異例の抜擢といえるだろうが、驚くほどのきらめきを見せた。まず冒頭の群舞で、後ろ足の伸びがしっかりしているのを満足して見ていたのだが、瞳がキラキラして、動きの隅々にまで心が入っている。科白の響きもよく、何より生き生きと楽しそうで華やかなのがいい。最期の場面でも、愛らしいままに切実で、今年入団の新人とは思えない求心力があった。

 惣右衛門(本役=寿つかさ)の夢大輝。野生的で鋭角的な表情が役柄に合っていたこともあり、海人に反発する鋭さも、わが子を思う親としての姿も、激しかった。家老の弥太郎(苑みかげ。本役=真中ひかる)は落ち着きの中にも、終始やや気弱な律義さがにじみ出て、的確な演技で舞台を引き締めた。ラスト、息子の蔵人がロシアで生きていることを海人から聞いた後の、声にならぬ息のような答えは、様々な思いのこもった表情で素晴らしいものだった。

 ピョートルV世(本役=朝比奈慶)の月丘七央は、本役の異常性とは異なり、小心で無能な帝王をうまく見せた。アレクセイ(本役=水夏希)の速水リキは、何といっても歌唱力で圧倒。渡海屋(本役=樹里咲穂)の初嶺まよも科白の声に伸びがあり、渋い役を問題なく好演。惣右衛門の死を嘆く場面など、強さが出ていた。隆邑(本役=越はるき)のあさぎ裕南がりりしく美しく殿様らしく、海人に銃を向ける後ろ姿も決まっていた。ハバロフ(本役=朝宮真由)の悠未ひろが、身体の大きさだけではなくおおらかで大きな演技で、少しユーモラスな細部も交え、いいアクセントになっていた。

 娘役では、久路あかり(唐戸。本役=出雲綾)はさすがに落ち着きのある美しさと科白回しで、改めて声に艶があることを確認。遠野あすかは科白の細かな細工もよく効き、達者。ナスターシャ(本役=南城ひかり)の美風舞良は、美しく堂々として、まるで皇后のようだった。科白を出す時にちょっと上半身が波打つのが気になる。

 久遠麻耶は、歌の低音部をはじめ、丁寧に心をこめていたのが素晴らしい出来につながった。これまでよりずっとしっとりして、大きさが出ていたのがいい。由布姫とエカテリーナの二役で大変だっただろうが、美羽あさひ(本役=花總まり)は、手の細かいしぐさなどでは美しさを見せたものの、やや科白が重く棒読み気味になったり、歌で高音部に艶がなく平板になったり、課題は多い。自信をもてるだけの力をつけて、華やかな娘役になってほしい。


「激情」 宝塚大劇場7月13

 宙組の新人公演は初トップ、初準トップということでずいぶん心配したが、全体に勢いがあり、問題なく幕を降ろすことができた。本公演でトップの三人の後に続く層が物足りない印象のあるこの組の、次を見通す上でも意義深い新公だった。不思議なもので、前作まで格別目立たなかった生徒が、別人のように華やかに大きく見えることがある。久遠麻耶、風輝マヤもそうだった。研6の久遠はもちろんホセ(本役=姿月)を演じたのだが、声が太くなり、男役になりきれていた。メリメ(本役=和央)の風輝は研7になって、こんなに水際だった男役がいたのかと思わせたほどの美しい姿を見せた。仔細に見ていこう。

 久遠も風輝も元星組とあって、なんとなく懐かしい思いで見ていたのだが、特に台詞の声の出し方には、麻路さきを思い出させるような深いこもりがあって、好ましかった。また、二人の声質が似ているのか、重唱のアンサンブルがいい。「MAYA2」などといって売り出そうとしているのかなぁなどと、ふざけたことを考えてしまった。

 久遠の台詞の声は、ひじょうによく抑えられている。また、歌に関しては柔らかく歌う術を心得ようとしているのが、これは姿月を見て倣っているのだろうが、これからが楽しみになる。カルメンと初めてキスを交わした後あたり、ちょっと声がフラットになってしまったように聞こえたのが、残念。つまり、逆にいえば、それほど意識して男の声を作ろうと努めていたわけだ。立ち姿や、顔の上げ方についても隙がなくなっていて、「エクスカリバー」の時に女の子みたいな走り方をしていると思ったのが嘘のようだ。最後の処刑される時の放心したような表情が、波乱の大きな短い人生を一気に思い出させ、よかった。演技に没入するのはいいが、時折表情が崩れることがあるのが残念。

 風輝については、本当に初めて注目させてもらった。久遠に比べると、台詞の声はやや高めだが、まったく耳ざわりでなく、男の声になっている。歌も高音が特に美しく、久遠とのバランスがよかった。美形なために、表情が硬く見えることもあるが、徐々に役がつくにしたがって、表現力は豊かに大きくなっていくことだろう。一転するガルシアでもいいムードを出していた。ダンスに大きさはないが、しぐさや歩き方も含めて、ちょっと膝を外へ出せば大きさを出せるのではないかと思う。

 宙組になってから三公演、ずっと新公娘役トップを演じている研7の南城ひかり。カルメン(本役=花總)らしい、目が強く、メリハリのある張りつめた表情がよく出て、演技の面ではさすが。闘牛場での表情に真実味があり、あるいは本役より強い闇の空気が出ていたかもしれない。クラブでのダンスはやはり踊りきれていない感じがしたが、やむをえまい。膝が沈んでしまうように見えて、立ち姿でも損をしている。

 エスカミリオ(本役=湖月)の朝比奈慶も研7だが、ちょっと生真面目すぎる感じが居心地悪く、ややうわついているように見えてしまった。若手にダンサーが少ないこの組の中では、よく踊れているほうなので、もっとのびのびと演じ、自分をアピールしてほしい。

 研2の遠野あすかがミカエラ(本役=陵あきの)で、「Crossroad」に続いてさわやかな存在感を見せた。初めはかなり緊張している様子に見えたが、歌も演技も確かなものだ。遠野の存在によって、ホセとミカエラという二人が、運命に翻弄される若い男女なのだということが、実感できた。

 研7の夢月真生は、「エクスカリバー」でスタイン(本役=真中)、「エリザベート」でマックス公爵(本役=星原)と、どちらかというと可愛いルックスに似合わない難役を与えられ、いつもよくこなしているが、今回のレメンダート(本役=樹里)が一番よかった。武者ぶるいのように身体を震わせて歌う姿、歌声ともに絶品。男の声のたくましさが耳に残り、存在感の強さを見せた。

 ダンカイレ(本役=大峯)を研7の達つかさが演じたが、動きにもう一つシャープさがなく、ジプシーたちの芯になりきれなかったようで、ジプシーたちもうまく回転しきれなかったが、研4の月丘七央のナザーロ(本役=苑)の、まだ若いやんちゃな少年らしさが目立った。またジプシー女の中心格のフラスキータ(本役=出雲)の菊穂りな(研7)ががさつさをうまく出し、低い声調がいい雰囲気を作った。

 プロローグで初嶺まよ(研6)以下、兵士の動きがけっこうよく、いいノリをしていたが、陰コーラスが弱かったのが残念。実業家(本役=風輝)で一シーンをもらった研3の悠未ひろが、一七五センチという上背をいかし、さわやかな立ち姿を見せることができた。

 今回は研6の久路あかりがエステル(本役=美々)という地味な役に回っただけに、娘役で発見があるかと期待した。大きな役ではなかったが、研6の杏里ミチル、研3の朝菜いるみが溌剌としていたのが目に入った。

「エリザベート」新人公演

  宙組の新人公演を見てきました。

 一言だけ本公についてもふれておくと、ぼくは11/111/15に見ましたが、HPなどでも言われているように、初日直後はバタバタで人物造形も全然出来ていなかったのに、ここのところへきて、ズンコがすごくよくなりました。悔しさや恋しさをあらわにする、ワイルドなトートで、CDで聞いたウィーン版に近いのではないでしょうか。配偶者が「やんちゃでわがままなトート」と評していましたが、そういう感じです。ぼくはこのズン・トート、すごくいいと思います。

 新公はエクスカリバーに続いて夢輝のあの主演で、第一幕のエリザベートは南城ひかり、第二幕は久路あかり。

 夢輝のあについてですが、ひじょうによく歌えていたという点で、新人公演のトートとしては立派なものでした。かつらの作り方といい、能面のような表情といい、比較的に言えば麻路トートに近いように思えたのですが、いかがだったでしょう。

 ただ、見終わって何となくしっくり来ないというか、物足りないような気がしていて、どうしてだろうと考えていたのですが、きっと、表情がなさ過ぎたせいだろうと思います。トートって、やっぱり目で殺す役どころのように思います。トートの「気」が伝わってこなかったようで、ちょっと物足りなかったんじゃないかと思いました。最後のあいさつで「東京の新公に向けて、もっとよくしていきたい」というようなことを言っていましたが、正直に言うと、あんまりそういう言い方はしてほしくなかったです。

 南城ひかりのエリザベートは、丁寧な演技が印象に残っています。微妙な表情がよく出せていました。結婚式の後の寝室の場面でのゾフィーとの応酬、特に前半(「陛下が言われた、ぐっすりお休みと」)で自信のようなものが見られ、いい解釈だなと思いました。「エイヤン、ハンガリー」も、よく威風が出ていて、感心しました。歌も、きちんと芝居の歌になっていたように思います。

 久路あかりは、病院のシーンが削られていたこともあり、やや見せ場の少ないのが気の毒です。白城あやかのエリザベートに、何だかとてもよく似ていました。ルドルフの棺の前で、ひじょうに強く感情をあらわにしましたが、あそこはむしろ放心の態を見せるべきではないかと思います。歌は文句なしです。

 フランツ=ヨーゼフの朝比奈慶、難しかったようですね。表情が冷た過ぎたのと、最後まで若過ぎたのが惜しいところ。バート・イシュルで初めてシシィを見たところの表情が何だかイヤラシっぽく、それはそれで一つの面白い解釈だなと思います。そうか、彼はムッツリ系だったんだ……。歌が全体的によく、エリザベートの寝室を訪ねるシーンは素晴らしい出来でした。

 ルキーニの久遠麻耶については、ちょっと行儀がよすぎたようで、評価が分かれるかも知れません。ぼくは、よかったと思います。久遠らしさがよく出ていました。走り方が時々女の子みたいなのは要注意ですね。

 ゾフィーの梶花空未、絶品でした。地声の音域の広さに驚きです。このゾフィーという役は、雪組新公でも未来優希が素晴らしい出来でしたが、複雑で屈折したところがなく、わりと役を作りやすいということがあるのかも知れませんね。

 マックスの夢月真生、精一杯貫禄を出そうとしていて、好感が持てました。柄には合わない役ではありましたが。結果的に、言葉も歌も丁寧に扱うことにつながり、それを大きな収穫としてほしいと思います。

 エルマーの初嶺まよ、暗いまっすぐな情熱がよく出ていて、素晴らしい出来でした。

 ジュラの月丘七央、立ち姿に風情があって、好きな男役です。「エイヤン、エリザベート!」の民衆の歓声に耳をふさぐ姿に説得力がありました。ひげをつけた感じなんかもいいんですよね。

 リヒテンシュタインの菊穂りな、台詞の声が落ち着いていて、役に合ったいい感じでしたが、歌で裏声をもう少し強くしてほしいところです。息継ぎのタイミングのせいか、ちょっとハクハクしちゃってたように見えたので、呼吸法とかも勉強する必要があるかも知れません。

 世界の美人のところで少し目立ったのが、白羽ゆり。どういう人なんでしょうか。

 少年ルドルフの月船さらら、これはゾクゾクするほど美しい。四谷シモンの作る少年の人形みたいな、危ないほどの魅力を湛えています。ずーっとこういう中性役をやっててくれないかなぁ。いろんな意味ですごい人気が出ると思うけど。

 青年ルドルフの華宮あいりも、本役の朝海同様、いい出来でした。発声の仕方など、ずいぶん朝海に教えてもらったのかも知れません。トートが手を引っ張っていくところでの身体の重心の置き方が決まっていて、美しく、劇的でした。

 この公演でお別れとなる綾咲成美は黒天使。というわけで、ずいぶん黒天使にも注目していたんですが、黒天使って、台詞をそのまま移したようなダンスを細かくやってたんですね。トートが「震えた」って歌ったらブルブルって震えて見せたりとか。全然知らなかった(トホホ)。綾咲が表情で演じることの上手い人だから、いっそうそういう部分がよく見えたのかも知れません。

 綾咲、マデレーネもやってくれるのかなと期待したけど、そこまではサービスしてくれませんでした。@@@@

 ニフティやインターネットではいろいろ違う意見もあるようですが、若手に新たに発見できた人が多く、そういう意味で楽しい新公でした。

 

「エクスカリバー」

 全体には、主役陣(男役3人と娘役トップ)はちょっと物足りない。トップ3人が本役と違って小さい感じだったのが、公演前からわかっていたとはいえ、ちょっとどうにもしようがない。わかっていたのだから、違う造形をすればよかったのか、それも無理なのか、やっぱり無理なのかなぁ。

 この「エクスカリバー」というお芝居は、それこそディズニーの「王様の剣」、聖剣伝説ですから、まあ軽いお話です。にもかかわらずこの公演が「お子様劇場」にならなかったのは、ズンコの何とも言い様のない独特の間の抜け方がジェイムズという「本当の騎士」「真実の王」という人物像をしっかりと支えていたからで、その朴訥さ、生真面目さ、可笑しさ、切なさが見どころであり、また舞台の求心力になっていたと思うんです。他のトップのために書くのなら、小池氏は、めちゃくちゃカッコイイ英雄像に仕立て上げたかも知れない。そういう意味で、すごく難しいお芝居だったんでしょう。そういう味わいは、出せなかった。新人公演にこういうことを求めてはいけないと、いつも思ってるんですけど、やっぱりね。

 夢輝のあは、美しい姿で、台詞回しも滑らかで(ズンコに比べればってことじゃないけど。ちょっと早すぎるところも)いいんですけど、全体に小さいことが残念。森の中での南城との剣の稽古は楽しいのですが、愛のはじまりがちょっと希薄。クリムゾン・パレスからゴールデン・ディアの角を持って帰ってきたときの迷いやためらいもちょっと希薄。

 南城ひかりは、風花舞になんだかすごく似てますね。娘役として華はあるようですが、ちょっと顔がさびしい。ペイジに変装したときに、ペイジに見えてしまうというような問題があります。逆に、じゃあ花總は変装してもなぜお姫様に見えるのか。これはいつかゆっくり考えたい。変装して森の中でジェイムズに見つかり、「名前は?」って聞かれて、花総は「ロザ、いや、ロナルド」って言うところをあっさり「ロナルド」って出してしまうのは、ちょっと理解しにくい。ちょっと台詞回しがしつこい感じのところがあります。

 久遠麻耶(クリストファー。本役=和央)はスタイルがよく、見栄えもよくていいなと思ったんですが、表情が小さくて、ちょっと損。エクスカリバーを抜くことでモーガン(久路あかり。本役=夏河)と取引をした後にソロがありますが、クリストファー独特の黒い感じがなくて、かわいらしくなっちゃって、ちょっとお手上げ。

 朝比奈慶(アンドリュー。本役=湖月)は特にどこがどうというわけではないですけど、てきぱきと進行させていて、問題はなかったと思います。ただ本筋の劇との関係を明確に意識しておかないと、ただの進行役になってしまう。次はルッキーニをやらなきゃいけないんだから(?)、そこのところを押さえておかないと。

 フェスティバルの場面で4人がエクスカリバーを抜こうとチャレンジするところ、ビルの月丘七央(本役=風輝マヤ)が力こぶを作ったり深呼吸したりして、いざエクスカリバーに手をかける前に「次っ」と外されてしまうところは爆笑でした。

 演出によるものかどうかわかりませんが、ジェイムズ(夢輝。本役=姿月)がフェスティバルの後、「二つに一つだ」とか取り引きをして、結局ケイト(綾咲成美。本役=陵あきの)やポール(華宮あいり。本役=朝海ひかる)の代わりにロザライン(南城ひかり。本役=花総まり)を戻してしまいますね。その後ジェイムズが銀橋で歌う「あぁ、ロザライン」という美しい歌、ズンコはメゾピアノで、しかもノーアタックというのか、吐息がいつか歌になってしまったような、「あぁ」のところで音の出を強調しない柔らかな切ない歌い方で感心しましたが、夢輝くんは、普通にメゾフォルテぐらいで歌っていたのが残念。聞かせ所だったのに。ズンコの上手さが光ってしまった。

 さて、注目は綾咲成美、華宮あいり、月丘七央、達つかさ、久路あかり、といったあたり。綾咲と華宮の美しさは特筆もの。月丘はなぜかわからないほどよく目立っていて、姿が美しく魅力的。達は宰相をオカマにしてしまって、客席も一瞬リアクションに迷うほど爆笑。久路は夏河そっくりでびっくり、達者なものでした。

 ずーっと綾咲を見てきたぼくにしてみれば、新公で彼女が陵あきのの役に就くと知ったときから、心配で心配で……という日々が続いたわけですが、とにかく陵さんからよく学んだようです。声の出し方までそっくりで、ちょっと微笑ましいぐらい。視線に込める思いも深く、よく役を読み込めていたと思います。まともに台詞のある役はほとんど初めてで、陵さんを意識し過ぎたせいと、台詞出しに慣れていないせいでだと思いますが、ちょっと声質にばらつきがあったのが気になりましたが、すこしずつ自分の声が出せるようになるでしょう。ジェイムズがロザラインに魅かれていくことへの嫉妬、失意、ポールへの好意、という流れが爽やかによく出ていたし、その後のジェイムズの決起を前にしたシーンではジェイムズへの愛を込めた敬意の眼ざしがよく出ていました。表情の大きさは、彼女の大きな美質の一つです。踊りながらの歌の声もよく出ていたし、臆せず、思い切りよく、大劇場デビューとしては満点といえるでしょう。

 一組にまとまって活動しやすくなったTAPでは、先述のように華宮あいりと月丘七央。華宮は「アナジ」などでよくわかっていたけど、月丘はぼくにとっては新発見。芝居心も華もあり、二枚目も三枚目もできそう。華宮は第七場「森の片隅」での綾咲との場面、若さと純な心の表現が秀逸でとてもかわいかった。

 全体としては物足りない感じが残ったわけですが、やはり五組化で層が薄くなったと言うこともあるのかも知れません。しかしそれは過渡期の現象として、意外な若手にチャンスが与えられ、伸びていくということで、クリアされていくことだと思っています。エリザベート、トップ陣はかなり頑張らなければいけないとは言え、配役も含め、楽しみです。


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