花組


「ファントム」「落陽のパレルモ」野風の笛」「あさきゆめみし」「タンゴ・アルゼンチーノ」「夜明けの序曲」「SPEAKEASY」「ザッツ・レビュー」 


ファントム

 いろいろと指摘すべき欠点や物足りない点は数多くあるが、一つのファントム像を体現し、感動できるステージに仕上げることができたという点で、この望月理世主演の新公は大きな成功だったといえるだろう。それは望月のエリック(本役・春野寿美礼)が、とても子どもらしく少年性を帯びていて、結果的に父キャリエール(紫峰七海。本役・彩吹真央)とのバランスがよかったところにあるだろう。二人の関係性が強く納得でき、親子の情愛をより丹念に描いた『ファントム』として成立していたということだ。終盤に向けての螺旋を描くように深く切り込んでいく充実ぶりは、一回限りの新人公演ならではの高みであると思われた。

 望月は、まず歌がよくなった。声域全体に張りが出るようになり、格段の進歩を果たしたといえるだろう。クリスティーヌ(華城季帆。本役・桜乃彩音)とのデュエット「Dream」は、母のような声をもった女性とめぐり会えたことの喜びが、全身からあふれ出るような歌であった。もちろん、本役の春野に匹敵するような声量、音域(一部分裏声になったとか)、技術(「You are Music」のグリッサンドの滑らかさと迫力はなかった)はないが、一つ一つの言葉をメロディに乗せてきっちりと伝えようというまっすぐな気持ちの伝わる歌だった。クリスティーヌの声を耳にすることの喜びに打ちふるえているような演技もすばらしく、乱闘の場面でのキックやパンチにもなかなか力があったし、「顔を見せて」と言われて「残念だが…」と口ごもる表情、「やめてくれ、頼む!」の強い語調などの丁寧な演技にも好感がもてた。

 フィリップ伯爵(本役・真飛聖)の朝夏まなとは、落ち着きあるいい紳士をスケール大きく好演。微妙なしぐさやたたずまい、風情の部分でいい雰囲気を出していたのは、役の読み込みの深さゆえか。大きな目で表情をよく表現できているのも特徴として大切にしてほしいところ。もう少し声が前に出てくると、いっそう力強い役作りができるだろう。

 エリックの母ベラドーヴァ(本役・花咲りりか)の芽吹幸奈のややざらっとした味のある歌声がよかった。若いキャリエール(本役・愛音羽麗)の望海風斗もつやのある声に喜びが込められており、演技もうまい。薬草売りの女(本役・珠まゆら)の梅咲衣舞は悪魔的な雰囲気をよく出したいい動きをしていた。少年エリック(本役・野々すみ花)彩城レアが軽々と愛らしく、泣きの歌が力強く説得力があった。

 ソレリ(本役・華城)の華耀きらり、背の伸びが美しく、立ち姿が非常にいい。ある種の高貴さがあり、歌もなかなか魅力的でこれからが楽しみだ。音楽教師ガブリエル(本役・梨花ますみ)の花野じゅりあが大人らしいいい落ち着きを見せていた。バレエ・ダンサーたちの澪乃せいら華月由舞らが愛らしい姿で場面を盛り上げていたのもいい。ジャン・クロード(本役・高翔みず希)の夕霧らいが実直そうな親身な姿勢で好感がもてた。リシャール(本役・未涼亜希)の扇めぐむがいい渋みと柄の大きさを見せ、大器ぶりをあらわした。

 難役と思われたカルロッタ(本役・出雲綾)の初姫さあや、出雲ほど貫禄があるわけはないが、歌の技術、表現力は申し分なく、低音がよく出ており、アドリブっぽいところの処理も達者。クリスティーヌに薬を飲ませるときの手振りも大げさでみごと。宝塚の層の厚さを見せたといっていいだろう。アラン・ショレ(本役・夏美よう)の日向燦は、不自然なほどキザったりコミカルな役作りに徹して、メリハリをきかせて成功。地下室を探索するよう命じられるブケー(本役・紫万新)の月央和沙のこわがり方も面白かった。

 クリスティーヌの華城は、率直にいって彼女が本公演の本役だった方がよかったのではなかったかと思われるほどの堂に入った充実ぶりだった。まずオペラ座通りでの歌は軽やかで耳に心地よく、誰もが耳に留め足を止めるだろうと思えるもの。ビストロのコンテストでも、最初はおどおどして視線も定まらないのが、ファントムの応援を得てからは表情が俄然いきいきとし、声に張りとつやが出て朗々と堂々と歌い上げる、その豹変ぶりがみごと。

 見せ場の「私のまことの愛を受け止めて」の歌、柔らかく透明な声は相手の心をとろけさせるようで、なるほどここにはたしかに愛があると思われた。それを受ける望月の揺れる演技も絶妙である。華城の歌がどんどん昂揚し、悲痛なほどの真剣さを帯びてくると、望月はほとんど恍惚の域に達していることを背中の演技で表現する。この二人のコンビネーションはすばらしい。そういう充実と昂揚の後での突然の悲鳴であるから、この劇のドラマ性が深く強く浮き彫りになった。

 キャリエールの紫峰は、しっとりとした貫禄があり大きさがよく出ていた。エリックがクリスティーヌに拒否されて傷つき、人生を淡々と痛々しく振り返るのを大きく見守り、受け止める姿がすばらしい。この銀橋のデュエットは、二人が確かに何かを超え出て、新しい境地に入ったことを感じさせる、戦慄すべきものだった。それは、望月と紫峰がそうだったということでもあり、エリックとキャリエールがこれまでとは違った本当の関係に入る(戻る)という両方の意味をもち得ていた。父であることをごく自然に「(素顔を)もう見たことがあるよ」と告白したキャリエール、それをまたごく自然にそうじゃないかと思ってた、とうれしげに無邪気に受け止めるエリック、その二人の表情にどこか晴れ晴れとしたすがすがしささえ見えたのが、その表われである。紫峰の「もう少しマシだったら」等のセリフの一つひとつには、真情としか呼びようのない深い思いが込められているようだった。思わず二人が嗚咽するような声も聞こえ、何か劇場であることを忘れてしまったような気さえした。

 エリックを撃つ前のキャリエールの表情、撃った後のその声など、もはや何かが憑いているような迫真の演技であった。エリックとクリスティーヌの最期のデュエットを耳にしながら、天を仰ぎ、時折揺らぎさえするキャリエール! 新人公演では時々このような奇跡が起きる。(2006711日)

落陽のパレルモ

 もちろん華形ひかるのヴィットリオ(本役・春野寿美礼)もアンリエッタ(本役・ふづき美世)の桜乃彩音もよかったが、最も強く印象に残ったのはニコラ(本役=蘭寿とむ)の扇めぐむだ。大柄な身体を存分に生かしたダンスに速度とキレがあり、ちょっと冷たい感じがあって悲壮感を漂わせる声といい、顔の表情など全体から立ちのぼる前のめりな緊迫感といい、まさにニコラという役を生き、ニコラとして死んだと思わせる迫力があった。

 華形もまた、なぜこれまで新人公演のトップを務めなかったのか、不思議に思われたほど、役を生きることができていた。彼女がよかったのは、ストレートな演技に徹したことだ。本役の春野の魅力の一つに、ものすごく深刻な場面でもスッとすかして、逆に微笑みを浮かべているようなクールさがある。それは照れとも韜晦ともつかぬ、ひじょうに説明しにくい彼女独特の演技だと思うのだが、華形はそういう複雑な演技をせず、あるいは演出の稲葉太地はさせず、ストレートに恋情の深まりを追究したところが成功した。それによって演技ががむしゃらになり、結果的に激しく螺旋を描いて役を深めることができた。ラブシーンでは愛らしく、アンリエッタの屋敷では貴族社会に初めて足を踏み入れた緊張を表わす一方で、政治について話す姿は凛々しい鷹揚さが出ている。役になり切れていたといっていいだろう。

 歌は何よりもきちんと声が前に出ているのがいい。音程やトーンはこれからどうにでも成長するだろうから、特に心配する必要はない。歌い終わった後の表情も歌の思いをよく残して、それが余韻につながる可能性がある。ダンスは、小柄な男役らしく四肢を精一杯伸ばしたエネルギッシュなもので、堂々として美しい鋭さがある。

 剣さばきのすばらしさも目を引いた。動きが弧を描いて大きく、腰の入り方がいいのか静止の姿勢も美しく、空中での構えから振り下ろす線にためらいや揺れがない。顔立ちの精悍さといい、早く日本物もさせたいと思う、近年稀な男役である。

 既に本公演でも大きな役を得、経験豊かな桜乃には、新公メンバーとは思えない安定感が見られた。歌や動きなどの技術面、姿の可憐さ、美しさはもちろん、役への沿い方がしっとりしているのがいい。喜びも悲しみも表情に大きくあらわし、メリハリのある演技ができている。窓から忍んできたヴィットリオをベッドに誘う表情には悲壮感さえ漂い、かすかに眉間にしわを寄せていたのがよかった。少しだけ気になったのは、熱演が高じてか額に汗が出てしまうところ。ただ、それも含めて、リアルな演技が華形のトーンとも合って、いいコンビネーションを生んでいたといえよう。トップ就任の報には少なからず驚いたが、実力と美貌はじゅうぶん備えているので、トップに就いてトップらしさをいかに引き出せるか、桜乃自身はもちろん、周囲の実力も問われることになるだろう。

 重要な役、ロドリーゴ(本役=真飛聖)の望月理世には多くの課題が残っている。銀橋での歌の聞かせどころ、歌い上げたところで声が地に戻ってしまったのは返す返すも残念。立ち姿も体の大きさ云々ではなく、役の雰囲気を出せていないのが物足りない。本公演では芝居でもショーでもそれなりに大きく使われているようで、入団以来ずっと期待されているのだろうが、いっそう奮起して、技術以前の雰囲気をもった演技者に育ってほしい。

 ヴィットリオ・ファブリッツィオ(本役=彩吹真央)の朝夏まなとは、技術面ではいろいろと課題があるだろうが、有望な新進男役であることは大いに印象づけた。端整な上品さはよく出ていて好感はもてるし、見た目にも華やかさはあるのだが、役との間にかすかな居心地の悪さがあるように思え、やや上滑りな感じが気になった。ちょっと飄々としているように見えるところで損をしているのかもしれない。容姿でも歌でも、美点をいくつももっているので、今後淡々とした演技を個性とするのか、逆に意識的に熱くのめり込むように演じていくか、つまり自分の色をどのように出していくか、まだ時間も機会も多く与えられるだろうから、どんどんトライしてほしい。

 ジュディッタ(本役=遠野あすか)の華城は、定評のある歌はもちろん素晴らしく、演技も的確なのだが、やや存在が地味めに感じられてしまうところがある。今回は終始ためらいがちな役だったとはいえ、ヴィットリオのまっすぐな思いを受けるところなど、ぱっと喜びの表情があってもよかったように思う。表情やしぐさをほんの少し大きくするとか、化粧を一工夫するなどして、もう一段の華やかさがほしい。

 幼年時代のヴィットリオ(本役=野々すみ花)のあうら真輝、母が投身した後の悲嘆の表現が、全身を床にめり込ませてしまうようで、素晴らしかった。その母フェリーチタ(本役=華城季帆)の七星きら、歌では以前から注目されていたとはいえ、大きな役を得て素晴らしい成果を収めた。こういうことが退団前でないと実現されないということを、本人にとってもたいへん残念に思う。

(2006年1月)


野風の笛

 久しぶりにレベルの高い新公を見た。レベルが高いというのは、何もこの時点での完成度だけを言うのではなく、出演者の方向性が鋭い角度で一致しており、公演の90分の間にも、どんどんその方向に劇が進化ないしは深化し、まるで螺旋を描くように個々の人物が変化するように見えることだ。

 まずその螺旋の渦を作ったのは、新公初主役というのが意外に思われた愛音羽麗(忠輝。本役=轟悠)。冒頭から声が太く、堂々と凛々しく現われたので、安心した。セリフ回しのテンポもさわやかで、演技面では目の使い方、目の開き方がうまく、客席全体に力をみなぎらせるようにできた結果、実際以上の大きさとなって立ち現われたのがいい。愛音は終始芝居のテンポがよく、主役だから当然といえば当然だが、芝居を引っ張っていた。彼女に引っ張られる形で、他の多くの役者もぐんぐんと芝居に、役に没入していった。

 それがもっとも顕著に現われたのが、大抜擢といえるだろう華形ひかる(主水正。本役=春野寿美礼)。まず冒頭からとにかく美しく、堂々としていたのがよかった。なるほど新公らしく歌や所作にややふらつきは見られるものの、それすら好ましいと思えるぐらい、堂に入っていて、扇を落としても顔色一つ変えないのが大物ぶりを発揮しているように思える。時に流し目を使うのもゾクッとするほど美しく、まあとにかくほとんど批評の外の存在になってしまったわけだからしょうがない。「身を捨てて」での長尺の真剣芝居、普通なら彼女のキャリアでできる芝居ではなかったのかもしれないが、実に立派にやってのけたのは、本人の力、愛音ら共演者の力、そして芝居の神様が応援していたとでも言うほかはない。あえて気がついたことを言うと、息の使い方をもう少し整理すれば、セリフにもっと力が入る。また、セリフがない時の表情、芝居にもう一工夫できるようになれば、さらに大きな芝居ができるようになるのではないか。

 華形が愛音に引っ張られたと思えるのは、たとえば大阪夏の陣の場面がそうだ。「私は戦さはしない」と宣言する愛音の強さには目を見張るものがあったのだが、それを受けてた華形が、幕が開いたときよりも一回りも二回りも大きく強くなっているように感じられた。また、二人が子ども時代から成人へ転じるところ、二人のアカペラによる歌のシーンで、華形は美しさだけではない、堂々とした貫禄のようなものをそなえて座ることができていたのも、きっとそんな螺旋のせいだ。そのような場面が、この公演の随所にあった。おそらくそれは、稽古場からずっと続いていたことだっただろう。そしてもちろんこのような螺旋の連鎖は、愛音と華形だけに成立していたわけではない。

 忠輝と主水正の二人は、少年時代のシーンでも、特に主水正(花野じゅりあ)が愛らしく、いいテンポの芝居になっていた。

 同様の勢いが感じられたのが、秀頼(本役=彩吹真央)の望月理世。以前から嘱望されていたようだが、やや小ぶりな印象で損をしている。今回は、セリフ回しのよさもさることながら、さわやかな悲しみをたたえて、好演。歌も動きも達者で、望月を芯とした群舞にも力があった。この群舞を見て、ぼくはこの公演全体に、強さが出てきていると痛感した。

 伊達政宗(本役=立ともみ)の嶺輝あやとが滑舌もよく、専科の難しい役を好演。セリフは及第点だが、動きに今一つ必然性が感じられなかったが、これからの宿題としておこう。家康(本役=汝鳥伶)の桐生園加も、家康らしい大きさが十分に出ており、セリフに自ら醸し出したいい雰囲気が生まれていた。退場時に拍手が起きたのもうなずける。秀忠(本役=夏美よう)の貴怜良は、ちょっと役作りがワイルドすぎるように思ったが、悪者らしさはよく出ていて、一つの解釈としてはありうる範囲かと思われた。柳生宗矩(本役=瀬奈じゅん)の未涼亜希は、ひじょうにクールな役作りが成功した。 

 娘役では、五郎八姫(本役=ふづき美世)の遠野あすかが、実力どおりの落ち着いた演技をみせた。愛らしさや決意の厳しさを声音できっちりと演じ分けていたが、彼女のキャリアからして当然か。りんどう(本役=遠野)桜一花も、声音の使い方が絶妙で、もうすぐ大きな役がつくことだろうと思わせた。

 蛇足だが、本公演では、うっかりすると、本当は春野がトップなのに、轟が専科からポンと来て……というような居心地の悪さを感じることがないわけではなかったが、その点、新人公演では観るほうもそういう雑念を感じる必要がなかったことも、成功の一因かもしれない。(20036.17.大劇場)


「あさきゆめみし」新人公演

 彩吹真央の新人公演初トップ、劇の序盤はさすがの彩吹にも緊張があったのか、歌、演技ともに硬かったが、おおむね期待通りの舞台となり、魅力を存分に発揮できたといえよう。客席への視線の投げ方が大きく、貫禄さえ漂わせている。渋味のある歌声、半眼の表情がセクシーで魅力的なのも非常にいい。終盤では、諦観したようなクールな口許が神秘的でよかった。彩吹の魅力とは、歌、動き、芝居、踊りとすべてにおける技術の高さはもちろんのこと、ある種哀切の空気の漂う存在感にある。それがよく出ていたのが、強さにおいては柏木を許せぬと怒る歌で寒気を感じさせるほどの迫力があり、哀しさにおいては紫上を亡くした後の銀橋でのボレロが泣かせた。

 一方で、このような勢いやリズムのある曲と違って、前半のゆるやかで一つ一つのブレスの長い歌では、ちょっときつそうに聞こえたのが意外に思えた。思ったより安定が必要な難曲だったようで、緊張がモロに出てしまったようだ。最後の挨拶の「終わった、の一言でございます」というコメントがそのあたりをよく物語っている。本役の愛華と同様、夢幻と写実の双方を表現できていたのも大したもので、柄の大きな役者だということを印象づけてくれたので、この新公第一作は大成功だといえよう。

 頭中将(本役=匠)の壮一帆は、以前から容姿の美しさで目を引く存在だったが、台詞に力もあり、踊りの目線や身体の線に大きさがあり、「第九場 父子」で型にはまった様式美さえ現しえていたのには、感心させられた。歌にも適度な湿りがある。源氏が準太上天皇に即位するという第十一場の、頭中将の心境を吐露する独白も真に迫り、足の開き方を含めた身体の形が心の様を語っているようだった。

 紫上、藤壷(本役=大鳥)のふづき美世は、美しくなった。やはり序盤では、やや余韻に欠けるところが見られたり、少しさびしすぎて華やかさに欠けるところがあったが、特に紫上の最期では、表情、台詞ともにいい芝居をした。時折、視線の角度の具合か、流し目が下品に見えることがあるので注意してほしい。

 刻の霊(本役=春野)の蘭寿とむは、耽美的でよかったが、やや彼岸性に欠ける。といっても、こういうことはどうすれば身につけられるのか、うまく指摘できないところが申し訳ない。ラストのカゲソロがまっすぐな歌い口で好感がもてた。刻の響では、花綺ゆいなが非常に蠱惑的だったのをはじめ、皆美しかった。

 朱雀帝(本役=楓)という難役を与えられた花央レミだが、本役より少し若くひ弱ではあるが、風流をたたえた青年天皇という像を出し、悪くない。出家後にはある種の貫禄が出ていたのはたいしたもの。朱雀帝といいシーンを作った朧月夜(本役=渚)の舞風りら、「二度と会うまいと…」の難しい歌を、タメをうまく使って歌いきったのには感心した。形の確かさで、過去や現在の重さや、振り切らねばならないしがらみさえ表現できていたように思う。明石上(本役=水)の彩乃かなみは、やや母らしさが出ていなかったり、本役にある仮面のような硬さはなかったりしたが、銀橋での紫上とのドラマなど、よく彫り込んでいたと思う。六条御息所(本役=貴柳)の沢樹くるみは、表情の変化、声の変化など、芝居はすさまじいほどで、姿も美しかったが、ちょっと力み過ぎだったかもしれない。もう少し芝居の中心で出番の多い役でないと、彼女の旨味がじゅうぶんに出ないのではないか。

 柏木(本役=伊織)の愛音羽麗は、初めの登場と、女三の宮と通じたことが露呈した銀橋でと、すっかり面やつれし、別人のようになっていたのには驚いた。夕霧(本役=瀬奈)の華形ひかるは、歌がまだ精一杯で、存在感もやや物足りないが、まっすぐな純真さはよく出ていた。女三の宮(本役=彩乃)の彩風蘭は、もう少し客席に通じる芝居をしないと、せっかくの美貌がもったいない。

 子供時代の冷泉帝、夕霧という、本公演にはなかった役をこしらえてでも、望月理世、華桐わかなを出したかったのがよくわかったほど、この二人の新人はさわやかに堂々と、立派だった。ちい姫(本役=ふづき)の仙堂花歩は、目配りやしぐさに子供らしさがあり、まったく文句なかった。この愛らしさは、明らかに劇を締める効果があったといえる。ただ、やや長じて後の場面では、あまり極端にならずに、もう少し子供らしさを残しておいてほしかった。元服前の源氏(本役=眉月)の桐生園加は、ちょっとワイルド過ぎるかと思ったほどだが、若さがうまく出ていたといっていいと思う。それを受けるふづきの演技もよかった。

 女房の中で、夢路ほのかがいい味を出していた。うまくいえないが、よく何ものかを懸命に守っていたような印象がある。民衆の中では、桜一花が伸びやかにいきいきとして光っていた。乳母萩(本役=城)の百花沙里が陵王を語るときの、手、指の動きが素晴らしかった。京の夏祭りの場面、踊りまくる民衆、多くは新人たちだったろうが、強い力のあるいい動きだった。こういうパワーが見られるなら、宝塚も捨てたものではない。


「タンゴ・アルゼンチーノ」新人公演 宝塚大劇場 9月7日

 組合せに新味というかスリルがないと思ったら、それも当然で「ロミオとジュリエット99」と同じ研7の水夏希と研3の彩乃かなみのコンビ。一定以上の出来であることは半ば保証されていただけに、別種の難しさがあった。本役の愛華と水では、外見の熱さがかなり違う。本役のアルゼンチン人のフリオとドイツ人のオットーという役振りほどに違っている。また、大鳥には研7とは思えないほどの落ち着いた品があるのに比べ、やはり彩乃は若い。本公演の「若い画学生と恋に陥る貴族の妻」という構図が新公では壊れ、全体としてはちょっと掴みようのない芝居になってしまったのが残念だが、彩乃の若さをそのまま出させてしまった演出(新公担当=小柳奈穂子)にも問題があり、本人たちの責任ばかりではないともいえよう。

 冒頭のオークションでミシア(本役=渚あき)の舞風りら(研5)が、スッと垂直に引っ張られているような美しい立ち姿で、堂々とした大きさをもって現われたのがよかった。上品な発声もよかったが、役柄の複雑さからいって、上品を装う中にもしたたかな才覚が透けて見えるような二重性がほしいところ。舞風になら、できるのではないか。

 舞風と並んで娘役で大きな存在感を示したのが、研4の沢樹くるみ。アンヌ(本役=貴柳)というマルグリットの侍女で、「エリザベート」でいえばスターレイ夫人の役どころ。マルグリットがフリオや弟のジャンと様々にドラマを展開している間、奥でひっそりと控えながら、しっとりと反応し、演技した。その出過ぎない控え目加減が絶妙で、舌を巻いた。本公演でもジャンを慕っているイヴェットという娘でワンポイントながらいい演技と美しい姿を見せてくれている。もっと観たい。ついでで申し訳ないが、新公のイヴェット、研4の彩風蘭も美しく、いい芝居を見せた。

 カール(本役=匠)をクールに演じて、また役の幅を広げた感のある、研6の彩吹真央。今さらいうまでもないのかもしれないが、歌の魅力、動きのキレ、姿の美しさ、申しぶんない。

 最大の収穫は、研4の蘭寿とむ。ジャン(本役=伊織)という大きな役を与えられ、姿、声、芝居の表情が堂に入った、スケールの大きさを見せた。いろいろあった後にマルグリットのところに入隊すると挨拶に来る場面での軍服姿、表情には見とれた。歌で高音が心配なところ、歩き方が少しギクシャクしているところなど、もちろん課題はあるが、細かいところに気を取られず、どんどん男役の色気を磨いていってほしい。ジャンを中心としたタンゴ・ノアールの中では、研2の貴怜良の姿が目立った。

 蘭寿と同じ研4の壮一帆も、マイク(本役=春野)のさわやかな長身で魅了した。歌にはやや危うさが見られたが、台詞に込めた感情の深さが心にしみる。この幽霊船の画学生たちは、実に魅力的で芝居に入り込んでいる様子だった。研5の花央レミ、研3の愛音羽麗がさっそうとしながらチャーミングな姿を見せていたし、研5の悠真倫がうまさを発揮した。そして幽霊船の女たちも、研7の絵莉千晶が柔らかな歌声を存分に聞かせ、演技でも包容力を見せたのをはじめ、研6の早瀬鮎が、大らかないきいきとした表情でしっかりと輝いていたのにも好感がもてた。また、ルネ(本役=彩乃)には研2の仙堂花歩が抜擢されたが、演技の端々に愛らしさがにじみ出ていて、観る者を引き込んでいった。動きが美しく、ダンスをゆっくりと観てみたい。

 専科の役を新公で演じるのはどうしても難しいはずだが、研5の風緒いぶきがピエール公爵(本役=星原)を好演した。重々しさが十分に出ていたし、ピエールが淡々と貴族社会の凋落を予言する理知的で重みのあるな台詞を、みごとに耐えた。語尾が時折無意味に上がってしまうのがちょっと耳についたのは、要注意。マダムゴーチェ(本役=二葉)の百花沙里(研6)は、ダンスで肘の上げ方が美しく、目を引いた。一方、芝居で時折背中が意味なく丸まってしまうのが、腑に落ちない。

 水夏希は、歌が格段によくなっている。深みのある声でメロディによく乗り、ドラマティックな歌になっている。また演技の面でも、芝居の芯となる重しとしての役割を十分に果たせている。姿の美しさは言うまでもないが、特に最後の場面で終戦後遅れて復員してきた姿は、実にカッコよかった。水の鋭角な美しさが存分に発揮できていて、古い映画の中のダンディズムのようなものを感じさせた。

 さて、最後にしてしまったが、彩乃かなみについては、いいところも悪いところもたくさんある。夜会のシーンでガウチョ姿のフリオに「マダーム」と呼ばれて歩み出ていく時にためらいがなく、芝居になっていないのには、どうしたことかと思ったし、視線や姿勢に定まりがなく思えた場面もあった。こういうことを書くのは本意ではないが、やはりもう少しからだを絞らないと、たとえば懺悔の場面のような、やつれ果てているはずの芝居ができないし、サロメの衣装でフリオのモデルになる場面では、客席に見せた背中が丸々としていて興ざめだった。首が埋まってしまっているように見え、立ち姿に垂直性が感じられないのが最大の問題。姿勢一つでも、かなり違って見えてくると思うのだが。歌はうまいが、デュエットでの合わせ方をもう少し研究する必要がある。最後に、いわゆるラブシーンで男役の背中に回した腕、掌に艶や表情がなく、物足りなく思えてしまった。

 一方、素晴らしいと思わせられたのは、芝居がいよいよ回転してきたSCENE8、つまりジャンがタンゴ・アルゼンチーノに乱入しようかというあたりから、俄然芝居に入り込んだようで、表情もテンポも生き生きとしてきたところからだ。そしてフリオのアトリエでモデルになった後、屋根の上に出た場面では、本当にオープンで晴れやかな表情をしていたのは、天性の芝居の勘というものを感じさせられた。まだ研3というのが信じられないようなスケールをもっているだけに、うまく伸びてほしい。

 全体に、花組の相変わらずの層の厚さを見せつけられたのだが、もっと驚くことになったのは、新公から日を置かずに観た本公演で、ますますこの組の層の厚さを実感させられたこと。とにかく注目すべきスターが多い。だからこそ「ザ・レビュー'99」の充実というものがあったのだし、若手も育つのだと、当然のことだが痛感した。

 「夜明けの序曲」新人公演

 「SPEAKEASY」の新人公演でロキットを好演した水夏希が主演ということで、期待した花組新人好演「夜明けの序曲」だが、全体に低調に終わったように思う。いくつかの原因があるが、主因は本の悪さで、これはここではふれずにおきたい。

 次に明治の短髪のかつらをかぶった男役たちが、どうにも魅力的に見えなかったこと。若い男役にはどうしても丸顔が多いが、極端に幼く見えてしまう者が多く、また草履ばきのせいか寸詰まった感じで、気の毒だった。そして、日本物の動きができていなかった者が多かったこと。

 お雪(松本悠里)の舞風りらのモルガン邸での舞い姿は、いい意味でお人形のようで、魅力的だった。バレエだけでなく、身のこなしが美しかったのが何よりだ。台詞回しにも松本のような妙な癖がなく、これは好演といえるだろう。舞い終わった後、「どうどしたえ?」と音二郎に問うが、これが劇として何を意図しているのか不明なのは、本公演でも同じこと。誰よりも観客が絶句する。それはともかく、本公演でも、舞風は久しぶりにはつらつとした姿を見せているように思う。第十六場の陰ソロも、柔らかく艶のある声でよかった。

 絵莉千晶の歌舞伎の舞が、堂に入った達者なものだったのは発見。芝居では貞の母親代わりの亀吉(町風佳奈)という台詞の多い大役で、落ち着いた雰囲気の中にうまく枯れた色気を湛えていて、日本物の動きが板についていたのも安心して見ていられた。第十五場の有馬以後、押さえた演技が特に光った。

 お勝(城火呂絵)の夢路ほのか以下の一座の面々も、芸達者で肝がすわっていて、立派なものだった。夢路のしっかりした演技は新人公演とは思えない風情があった。三味線の迫力も本役に引けをとらない。彩乃かなみが度胸に加えて威風さえ帯びているように見えたのは驚き。沢樹くるみの表情の細かい作りを含めた芝居のうまさは特筆もの。百花沙里は、ちょっと大げさ過ぎて悪目立ちのシーンもあったが、よくついていった。

 評価が難しいのが三上繁(岸香織)の悠真倫で、宝塚の男役が女形を演じているわけだから、台詞にもある通り、ややこしいのは当然で、女形がオカマのように見えてしまったのは、半ばは致し方ないところか。ただ、必要以上にクネクネしていたように見えたのは、はっきりと勘違いだと思う。これも広義には、所作が身についてないからではなかったか。芝居はよくできている部分が多く、もう少し普通の役なら実力を発揮してくれていただろうと思う。

 男役でいい動きをしていたのが、鶴吉(矢吹翔)の風緒いぶき。背の曲げ方、膝を割るときに手刀で足の間をパンと払うしぐさなど、矢吹からよく学んだのだと思う。気っ風のようなものが感じられた。

 駒井(麻園みき)の壮一帆の姿がよく、目立っていた。櫛引(伊織直加)の蘭寿とむは堂々としたいい雰囲気を出していた。ジョージ(水)の花央レミがさわやかな男役として立ち上がっていたのに感心。

 主役の水は、腕の使い方や歩き方がまだまだだが、スケールの大きさのようなものが背の反りなど随所に出ていたのがよかった。華やかな第一場がカットされて、音二郎の口上から始まったわけで、いきなりたった一人で舞台を預かることになってしまったのだが、堂々とした存在感で場をもたせたのは立派なもの。全体的には、実力どおり発揮したという程度で、新味はなかったが、所作事や連獅子の舞など、課題をこなすのに精一杯だったのかもしれず、その意味ではよく健闘した。

 動きで一番問題だったのが、初トップのふづき美世で、せっかくの豊かな芝居心がずいぶん減じられて見えた。歩き方、衣装の着方など多くの課題が発見できたことと思う。本役(大鳥れい)でも気になっていたのだが、日舞で貞の気性を強調するためか、腕の払いなどの決めのしぐさを鋭くしすぎた。舞というよりも武道のように見え、それが本役以上に悪く強調されてしまったのが目にさわった。芝居の面では、最後の挨拶(第十七場)が非常によかったのをはじめ、強い演技ができている。しかし、感情を表に出す激しい演技や相手と対立するシーンは得意なようだが、しみじみとした場面や相手と和するシーンでちょっと退屈になるのが惜しい。ちょっと演技のきめが粗いのではないだろうか。歌はいい。

 高浪(匠ひびき)の彩吹真央、芝居ももちろん安定していたが、終盤の歌で舞台を締め、おそらくこの日一番の拍手を受けた。前後不覚に没入させてしまうような、すさまじい力をもった歌だ。また聞きたい。

 SPEAKEASY新人公演

 本公演で瀬奈じゅん、沢樹くるみが本当に素晴らしかったので、めちゃくちゃ期待して行ったのですが、それほどではなかったように思いました。それはなぜかというと、このお芝居が、あまりに真矢みき用に作られ、真矢みきだから許せるという部分が多い、彼女でしか成立しないお芝居だったからだといえるでしょう。真矢が赤いスーツで膝を外側に投げ出すように歩くとき、ぼくたちは「真矢みきらしいな」と思って見えるけれど、彼女以外の生徒がそれをやったら、ただのチンピラにしか見えません。真矢は、こう言ってよければ、チンピラっぽさを「真矢みきらしさ」に取り込み、そのままスターであるとしてしまった、とんでもない人だったわけです。それが最後の死刑台の上の演説の「個性、個性」というところにつながるわけでしょう。

 瀬奈のマックが、真矢マックのようでなかったのは、だから当然で、改めて一から瀬奈マックを作り上げるのは、新人公演担当の荻田氏にしても難しかったのでしょうか。瀬奈は、ごくストレートに、やや上品なマックを作り、時に真矢のようにしてみると、チンピラに見えてしまいました。仕方ありません。宙組の夢輝のあの時にも思いましたが、トップの独特の個性まで真似るのは、無理だし、必要ないし、場合によっては悪く作用するかもしれません。

 たとえば、真矢が葉巻を警官の手のひらでもみ消すところを、瀬奈は警官に帽子を出させ、その内側でもみ消す。そこが瀬奈であり、そこが真矢だったわけです。

 瀬奈は、ダンスの大きさ、演技の確実さを十分に見せ、「使える男役」であることを知らせてくれたのですから、それでいいわけです。もちろん、葉巻の吸い方がもう一つ様になってなかったり、動きにタメが足りないせいか貫禄がなかったりするという問題はありますが、本質的な問題ではないでしょう。歌は、音域が合えば、問題ないのでは? 新人公演での歌の評価は、難しい。

 特に、ポーリーとの結婚式の場面でロキット警視総監と踊るダンスでは、手足の長さ・大きさ、ダンスの鋭さが目立ちました。「ザッツ・レビュー」の新人公演では、やや小柄かと思ったぐらい、大きさが出ていませんでしたが、トップに立ってこのような大きさが出るというのは、素晴らしいことです。その後のベッドに足をかけるところなんかも、色気が出ていました。ダンスと言えば、ジェニーのクラブでジャネット(舞風)と踊ったタンゴも、達者なものでした。

 沢樹は、本公演のほうがのびのびと、きれいだと思いましたが、随所に芝居の上手さを見せて、さすがです。児童劇団にいただけのことはある。結婚式のところで、略奪品に飾られて感激しているポーリーがマックの職業を尋ねるところ、喜びを秘めている表情があらわで、いいと思いました。そのあとの、自分がピーチャム、詐欺師の娘であることを言って「悲劇のジュリエット」と歌う所は、ちょっとドタバタしちゃって、千ほさちのほうが迫力あり。これも真矢−瀬奈と同じで、千の個性によるものだから、仕方ないか。役作りに結構苦労したんだろうな、という感じがちょっと残りました。でも、全体的には、美しさと度胸のよさを見せ、トップ路線の一人であることは証明したといえるでしょう。

 本役では顔にもう少し透明感があったのが、白く塗り過ぎた感じで、ちょっと残念。化粧もこれからかな。

 よかったのが、ジョナサン(本役=愛華)の水夏希。双眼鏡で見ていて驚いたのが、麻路さきを思わせる、手のひら〜指使いの色っぽさ。歌、ダンス、芝居、何をとっても文句ありません。台詞のトチリやかんだ時の直し方も堂に入ったもので、舌を巻きました。オープニングの歌、愛華と全然音域が合わなかったせいか、逆に見事なオブリガートにして、かえって上手くやっていたと思ったんですが、聞き違いかな。とにかく、水については「いい」「いい」としかメモしてないのね。

 イマイチだったのが、ロキット警視総監(本役=匠)の眉月凰。匠がちょっと戯画的に面白くやっていたりするところを、真面目にやっちゃって、面白くなくしてしまった。「二人だけが悪」のときの朝宮みたい。ダンスにも思ったほどノビが見られず、小さくまとめようとしてしまっている感じ。警視総監の制服はとてもよく似合っているのだけれど、皇族みたいっていうか、「エリザベート」のルドルフみたいに見えちゃうのが、ちょっと問題かな。ロキットの悪さ=滑稽さが出せなかった。台詞も可愛らしく、時にちょっと流れ気味になってしまうところがあります。そろそろ役柄を深く読み込んだ上で、男役としての個性、クセを出せないと、心配です。

 本公演に引き続いて、使えることがわかったのが、ランディ(本役=伊織)の蘭寿とむ。まだこれと言って何が、ということではないにせよ、すべてにわたって及第点以上です。 

 本公演では選挙運動やってるラモンテ夫人など、何となく目立つところで歌いまくっている絵莉千晶、今回はジョナサンの妻シーリア(本役=貴柳)という大きな役でした。貴柳ほど泥酔してなかったとはいえ、これが体当たりの立派なものでした。ジョナサンに投げられてドスンってすごく大きな音を立てて倒れるところなど、爆笑ものです。これまで成績もよくて、優等生タイプで居場所を見つけられなかったのが、一皮むけたかな? 目の大きさを上手に使って、いい表情を出していました。意外に地声が低いことから、ドスのきいた「詐欺師の妻」を好演、と言えるでしょう。

 ジェニー(本役=詩乃)の大鳥れいは、安心して見ていられるというもの。文句なしです。本公演を見て、まさか詩乃が食われるとは思いませんでしたが、ちょっとびっくりしました。

 そして、同じように本役を食っちまったのが、彩乃かなみ(ルーシー。本役=渚)。マックに「まだ出てない役者もいる」と前振りをさせるだけのことはあって、芝居を全部持っていってしまった感があります。ひどい女だ(笑)。すごい迫力、柔らかい声がいい、大胆さ! と、絶賛のメモです。歌、台詞、演技、何をとっても、勢いのある思い切りのいい、見ていて気持ち良くなるような演技でした。若いのはこうでなくっちゃ。

 全体には、花組って、下級生のほうが踊れるやん、というのが率直な感想。ドライブ感があって、少人数ですがまとまりがあり、いい仕上がりの新人公演でした。


「ザッツ・レビュー」新人公演

*春野寿美礼(本役=真矢みき)

 姿、歌はもちろんよかったですけど、丁寧に役を作っていたのが、とてもよかった。真矢みきが、ちょっと投げやりな感じで魅力を出していたのと対照的で、いい工夫だったと思います。迎宝橋のシーンで橋を叩くところの後ろ姿など、感動的でした。満点です。最後のあいさつで、東北弁が好きになったと言って、受けていました。

*大鳥れい(千ほさち)

 特に問題なく、歌も立派だったし、よくできていたのだけれど、パーンとはじけるような勢いがない、守りの演技だったように思ってしまって。ほさちと比べられると損か。下級生の役をやるのは大変だったろうな。でも、最後の「新装なった東京宝塚劇場前」ラストで春野の手をひいて銀橋を渡るところとか、情感こもっていて、よかったです。歌はちょっと白城あやかに似てるなと思いましたが、わりと安心して聞いていられました。及第ってところかな?

*朝海ひかる(愛華みれ)

 なかなか<しどころ>のない感じの役ですが、うまく、きれいに見せてくれました。とにかく、好き。一曲ちょっと危ない歌がありましたが、ほかは無難にこなしました。

*瀬奈じゅん(香寿たつき)

 いきなり「上野公演」のシーンで台詞がなくなってはしょってしまうという大ボケをかましてくれましたが、何とか上手くつなぎ(拍手が起きるほど)、しり上がりによくなってきました。タータンに比べると、若すぎるな、幼いなと最初は思えたんですが、徐々に瀬奈の源次に思えてきたのには、感心しました。泰平を兄貴と呼び、彼の目が悪くなったことの責任を感じて号泣する「迎宝橋」のシーン、見事でした。本日の収穫、その1です。

*真丘奈央(岸香織)

 専科の人の難しい役、女形役者の牡丹さんです。達者に演じて、笑わせてくれました。新人公演の面白さは、「これ、誰?」っていうところにあると思いますが、そんな一人でした。

*双葉美樹(邦なつき)

 冒頭「モン・パリ狂想曲」のおじいさん役の歌は……でしたが、泰平の乳母=清水民は実に見事な、情のこもった好演でした。「これ、誰?」の、もう一人です。おじいさん役でしんどかったのは、プロローグなしでいきなりここに入ってしまうという、構成の無理によるものじゃないでしょうか。

*沢樹くるみ(詩乃優花)

 いやはや、うまい。うま過ぎて心配。芸者、蔦次です。間(ま)の取り方といい、艶っぽさといい、ちょっと信じられません。「墨田公園」での泰平とのあいびき、ラストの東宝前での弟・源次と泰平を思うところ、引き込まれるような情感こもったシーンに仕立てました。

*舞風りら(萌水せりか)

 お仙のダンスの仲間の一人、勝子。特に問題なし。彼女のような小柄な人は、もっと思い切って勢いのある芝居をしないと、目立たない。技術的には何の問題もない人だけに、がむしゃらになれるかどうかにかかっているんじゃないかなぁ。

@パリゼットの歌手

 朝比奈慶、蘭香レア、蘭寿トム(春野、朝海、麻園)。特にからだの動きで目を引いたのが、蘭香レア。いやあ、久しぶりにお目に掛かりました。ダンスがうまいと、立ち姿がいいから、本当に見事です。

 本公演でも妙に目立つ蘭寿、コマーシャルはいいんだけどあまり公演では目立たない朝比奈、みんな歌も含めて合格でしょう。

@ブーケ・ダムールC

 紳士=霧矢大夢、淑女=絵莉千晶。ちょっと個人的に千晶をヒヤヒヤ。ドキドキしながら見ていたもので、キリヤンをあんまり見ていないので、ごめんなさい。ミスなく、いい歌声を披露してくれました。よかった。ホッ。本役は匠、渚。

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