星組
新人公演

愛するには短すぎる

 いつも同じようなことばかり書いていて恐縮だが、正塚晴彦の芝居を演じるには、向き不向きがある。簡単にいえば、間合いの芝居がうまいかどうか、単なるユーモアでなくアイロニーが表現できるかどうかということではないか。本公演の湖月わたる、安蘭けいは、もともとそうだったのか、非常にテンポよく息の合った芝居で、笑いの奥にしっとりした「男の友情」を見せ、正塚劇を正塚劇らしく仕上げた。白羽ゆりも天性のセンスでそれに応えたし、未沙のえるの力がどれほど大きかったかは、いうまでもあるまい。

 そういう芝居を新人公演でやらなければならないのだから、タカラジェンヌは大変だ。印象としては、主役でボケ役の和涼華(フレッド/マイケル。本役・湖月)はやや不向き、準主役でツッコミ型・いじり役の彩海早矢(アンソニー。本役・安蘭)と娘役の陽月華(バーバラ/クラウディア。本役・白羽)ははまり役、というふうに見えた。

 ただし、にとっては組替え直後である上に最後の新公というプレッシャーの中、間合いがどうこうといわれても、必死でがむしゃらに演じきるということが先に立って、それどころではなかったともいえるだろう。全体に表情がシリアスに過ぎ、優等生に終始していたようで、「第十場デッキ」で一度はもうどうなってもいいと思うあたり、もう少しはじけてほしかった。まあ、ボケ役のほうが難しいそうだし、正塚劇が得意でなくても、他の演出家の作品ならぴったりということもある。それに和は、本公演のデイブはすばらしかったのだ。

 その意味で彩海はおいしい役にありつけたともいえるが、それにしても、うまかった。安蘭けいの本役とはまた違って、フレッドに少し甘えながらじゃれているような親しさ、馴れ馴れしさが出ていたのが面白く、細かい演技でセンスのいい遊びができるのが頼もしい。小切手の数字を見たときのリアクションなど、顔の一つひとつの動きが大きく、それでいっそう華やかに見える。歌もずいぶんうまくなった。オープニングの紗幕の向こう側での姿、歌声、立派なものだったといっていいだろう。

 陽月はいつもながら早口がいい。もちろん単調になることなくメリハリのあるセリフ回しで強い説得力があるし、くしゃみ一つとってもその役らしさを出せている。最後の銀橋を走り去る姿、加速もついてすばらしかった。ダンスリーダーとしてもシャープな動きと明るい表情で場面を引き締めた。歌はかなりよくなったが、ブレスの位置を再確認すれば自分でも少し歌いやすくなるのではないだろうか。余計なことかもしれないが、もう少しふくよかになったほうがいい。

 未沙のえる本役の執事ブランドンを演じた鶴美舞夕は、大げさな言い回しや、逆に何かブツブツ言っている姿など、ややオーバー気味でユーモラスに好演。未沙とはまた違った形で情の厚さや篤実さを的確に表現した。麻尋しゅんは柚希礼音本役のフランク。しぐさやセリフ回し、声質に柄が大きくやさぐれた感じをうまく出して、量感のあるいい歌を聞かせた。

 「(氷山に)ぶつかったらやばいね」とアンソニーに問いかけられて「終わりです」と答えるベル(本役・麻尋しゅん)の天寿光希、テンポがよく表情が非常にチャーミング。マーシャル船長(本役・立樹遥)の水輝涼、難しい曲をよく歌いこなし、飄々とした感じで陽性の魅力を十分に見せた。その秘書役マーガレット(本役・南海まり)の羽桜しずく、妙に近づきすぎたり色気を振りまいたりしてセンスのいい演技を見せた。貴族エドワード(本役・英真なおき)の一輝慎とその愛人キャサリン(本役・しのぶ紫)の華美ゆうかは、演技の動きがきれいで、表情もきちんとできている。華美の必要以上に色気を振りまきベタベタした感じは面白かったし、仮装舞踏会の場面での歌はみごとという他ない。宝石泥棒の真犯人カラマンディス夫妻(本役・にしき愛、朝峰ひかり)の天緒圭花初瀬有花は、発覚してからの居直り方が凄みがあって傑作だった。バレエ団団長ロバート(本役・高央りお)の七風宇海、オーバーアクションは芝居の流れに乗って好ましかった。バーバラの友人リリー(本役・琴まりえ)の妃咲せあらは落ち着きもあって愛らしい。デイモン(本役・大真みらん)の壱城あずさ、すがすがしい明るさがいい。

 

 プロデューサーのマクニール(本役・涼紫央)の夢乃聖夏、高音が少ししゃがれるが歌もうまくなったようだし、船室扉前のすったもんだで悶絶するあたりの芝居はうまい。自称女優ドリー(本役・陽月)の音花ゆりはマリリン・モンロー風に作って、おつむが足りなさそうに見えて実はしたたかなあたりを的確に見せた。歌はさすがに聴かせた。その恋人デイブの紅ゆずるは少し線が細いが、フレッドとの会話のあたりなど諦念まで混じった暗いシャープさを見せ、いい雰囲気を出していた。歌がうまいのには驚いた。

 少年時代のマイケル(本役・如月蓮)を演じた千寿はるの身のこなしが非常にきれいだったのが印象に残った。花嫁ナンシー(本役・陽月)の花ののみ、出番は少なかったが美しさが際立っていた。

 エンカレッジコンサートでいい雰囲気の歌を披露した成花まりんが、ここでもしっとりといい歌声を聞かせてくれた。久しぶりに稀鳥まりやのダンスが見られたのもうれしかった。

「長崎しぐれ坂」

 だいたい轟悠主演作品の新人公演は、主役が苦労することが多かった。音域や役の特徴、雰囲気など様々な点で轟が「独特」で、なかなか他の追随を許さなかったからかもしれない。しかも今回は轟の得意な日本物とあって、普通ならば「新人」はずいぶん苦労するところだ。それでも柚希礼音が主役だと聞いて安心もし、期待もしていたのだが、果たしてその期待は裏切られなかった。

 柚希(伊佐次。本役・轟)は、セリフをちょっと引き気味にして、すかす感じが絶妙だった。わずかに行儀がよすぎるようなところが見えなくもなかったが、だいたいのところで斜な大きさが出ており、見ていて気持ちよかった。相手役・おしまの妃咲せあら(本役・檀れい)もなかなか美しく、芝居好きな様子が見て取れた。冒頭の舞踊でちょっとくねくねしすぎているように見えたり、少し歌が弱そうなところは気になるが、セリフ回しは大人っぽくていい雰囲気が出せている。セリフ回しに巧みな押し引きがあって、語尾の「ねえ」を微妙に下げるところなど、ちょっと崩れた感じをぎりぎり下品にならないところで見せて、みごとなもの。ただ、卯之助(麻尋しゅん。本役・湖月わたる)に、伊佐さんと江戸へ戻ろうなんて考えは、二人とも地獄に堕ちるんだぜ云々と説諭されるところの受けの演技は、止まるべきところの前で止まってしまうような、やや切れ切れな部分が見えた。

 その場面での麻尋のセリフはなかなか情がこもっていて秀逸。強いセリフのところでの声の割れも効果的だし、ラストの舟の上、「神田囃子が聞こえてこねぇか?」と伊佐次が瀕死の朦朧の中で情緒的なことを言うのに対して「いや、てめえの空耳だぁ」と一見のクールに返す間合いや口調も的確だった。前半では多少余裕がなく、セリフが必要以上に早くなったり間合いがなくなるところがあったが、芝居が乗ってくるに従っていい演技になった。

 さて、新人公演担当の鈴木圭は、これまでも様々な創意工夫で知られているらしいが、今回は最後に大きなことをやってのけた。本公演の評でもふれたが、ラストの臨終の伊佐次と卯之助の緊張度の高い場面、事切れた伊佐次をかき抱く卯之助は、叫びを押し殺して声にならない嘆きを嘆く。本公演で植田紳爾は、そのようにこの芝居の幕を下ろした。轟、湖月という二人のベテランを配したからこそできる、抑えた演出だったのかもしれない。確かに新人公演の若手には荷の重いシーンだったかもしれない。だからといって、演出を変えて卯之助に大声で叫ばせてしまうというのはいかがなものか。叫ばないことで何をしなければならないかということぐらいは、ここまで熱演を見せていた麻尋ならわかっただろうし、たとえそれが十分観客を納得させるような表現として結実しなかったとしても、宝塚の、新人公演の観客はその意図をよしとして、あたたかく拍手を送ったはずである。鈴木がまさか植田演出の意図を理解できていなかったとは思えず、またわかりにくいなどと思ったわけでもないだろうから、若い新人には無理だと思ったのだろうが、それは役者を侮辱していることになる。稽古場ではできていなくても、本番ではできるかもしれない、新人公演にはそういう魔のようなものがある。それを信じてほしかった。

 という最後の最後に演出家の蛇足によって少々後味の悪い新人公演になってしまったのだが、さわやかだったことが一つある。ぼくは二階席で観たのだが、ふと前の方を見ると、入り口近くの補助席のような椅子に新理事長らしき人が座っている。これまで理事長というとSS席の後ろあたりというのが指定席だったが、若い新理事長はそういうことをしないんだなと、ちょっと宝塚は変わるかもしれないと思った。

 卯之助の幼年時代(本役・麻尋)を演じた紅ゆずる、表情豊かで姿、スタイルもよく、有望。一本になった蛇踊りの玉持ちに真白ふわりというのはちょっと気の毒。半減した分大きな動きを見せなくてはいけないのに縮こまってしまった。歌も弱く課題は多い。彩海早矢(同心の館岡。本役・立樹遥)は声もよく姿もりりしく、安定感がある。柳麗(本役・陽月華)の羽桜しずくが上品な姿で好感が持てた。らしゃ(本役・安蘭けい)の天緒圭花は声が堂々としているのはいいのだが、歌になるとのどを塞いでしまう感じが惜しい。ぼら(本役・高央りお)の碧海りま、おどおどしたり得意げにしたりという場面ごとの演技の色分けがきっちりできている。芳蓮(本役・白羽ゆり)の蒼乃夕妃はセリフ回しも愛らしく、悪くないのだが、化粧で顔にもう少し華やかさを持たせるなどして存在感を強めてほしい。李花(本役・万里柚美)の南海まりは声もよくなかなか達者だったが、伊佐次の部屋で待っている姿が体育座りみたいに見えてしまった。斜めな感じが必要だったところ。お吉(本役・しのぶ紫)の湖咲ひよりは、声の作り方がなかなか適切で、役になりきっていた。さそり(本役・真飛聖)の夢乃聖夏はちょっと狂気っぽいところが出ていて魅力的。本役・松本悠里の陽月華は、時にちょっと動きが早すぎるところもあったが、背の反りなど形のよさで十分に魅力を見せた。なかなか経験することのないだろう難役だったが、無難以上には、仕果せたと言えよう。


「1914/愛」

  まずプロローグでは、彩海早矢と綺華れいが美しく、目を引いた。スケールの大きさでは彩海かと思われたが、どちらも黒燕尾の襟の持ち方などの扱いが今一つで、動きを小さく見せてしまっている。動きにふわっとしたふくらみがなく、物足りない。続いては、柚希礼音のよくコントロールされて大きなボリュームでも割れることのない低音がすばらしく響く。陽月華も品をたたえたたたずまいがいい。ただ、プロローグの最後の男役が女姿で出てくる「愛の美女」の場面は、見た目にも見る側からも男役として完全に定着しているとは見えない若手がやるのでは意外性や迫力がなく、ただかわいい子たちがぞろぞろ出て来たというシーンになってしまい、新人公演(演出担当=児玉明子)では変えたほうがよいのではないかと思った。

  他に演出(というか、趣向といったほうが適当か)の面で目立ったのは、伯爵邸での花嫁オーディションの場面、オルガ(本役・仙堂花歩)の南海まりが、「雨に唄えば」の真飛聖を思い出させるような奇声で大いに笑いをとったところで、本役の仙堂がいかにもうまさを鼻にかけて朗々と歌い上げるのと対照的で、しかもその後のブリュアンの「こんな歌を毎日聞かされるんだぞ」というセリフへもスムーズにつながり、ちょっと危うさもあったが、なかなか面白かった。

  この新人公演は、ブリュアン(本役・湖月わたる)を演じた柚希のすばらしさを徹底的に見せる公演となった。三拍子、四拍子そろっていることは今さらいうまでもないが、柚希の低音には、ぼくの大好きな、ちょっとささくれだったような魅力がある。アウラというにはまだ早いかもしれないが、人の目をひきつける大きさがあって、それが特にこのような芝居では包容力のニュアンスであらわれていたのが非常によかった。

  綺華(モディリアーニ)はちょっと細すぎるところを、わざと外股に歩いてみせたりして大きさを出そうとしていたようだが、チンピラっぽく見えてしまうおそれもある。一方、ヤン(銀河亜未)への鋭い言葉の投げかけや、ダンスのリーダーになるところでの力強さなど、大きさや強さも見られ、芝居巧者の片鱗を見せている。

  彩海(アポリネール)は歌に強さがあるのは評価できるが、演技の中でのからだの使い方がまだまだ中途半端に見える。セリフを言うとからだへの神経がお留守になってしまう感じ。存在感はあるだけに、よい課題が見つかったといってよいのではないか。

  シャガールの夢乃聖夏(本役・立樹遥)、スーチンの鶴美舞夕(本役・涼紫央)は、歌はなかなかのものだったが、共に芸術家らしさが感じられず、役づくりの根本から見直す必要があるのではないかと思えた。鶴美は滑舌も今ひとつで、立ち方か肩の形の作りが不自然なのか、背広のシルエットがきれいでないのが気になった。

  ギヨームの大真みらん(本役・汐美真帆)は、セリフ回しもよく、独自の明るい空気をもっていて、舞台の流れを変える力をもっているように思える。こういうのをスター性というのではないか。どこに弱みがあるのか今回はわからなかったが、演技の幅が大きな役者だと思えた。カンカンの男を踊った凛華せら(本役・柚希礼音)のダンスはたいしたもの。クロディーヌの華美ゆうか(本役・陽月華)の愛らしさが目立った。

  陽月(アデル)の芝居には感心した。この役ならでは、檀れいの本役ならではという気もするが、セリフのテンポのよさはたいしたもの。小さなしぐさや表情の変化にもまとまりがあり、全体がその役の人物となっていることがうかがわれる。早口でまくしたてるセリフも、まず滑舌がよくはっきりと聞こえることはもちろん、柚希との会話がどんどん進んで、芝居をこの二人が切り開いて創り上げているということが実感できる。役のもっている方向性というか、からだの傾け方のようなものがきっちりと把握できているのがいい。シュタインホフ家でのオーディションの場面で、音をたてるほどの勢いで柚希に激突してしまったのは、ご愛敬。なお、これも檀の役ならではだが、歌わない役だったので、陽月にとっても課題である歌が、どれほど成長しているかどうかわからなかったのは、残念。演技について念を押すと、ラスト近くでが俺の隣にこの女がいれば完璧だ、というようなことを言うが、その時の彼女の表情の変化は、まさに花が開いたか光が射したようで、すばらしかった。


「プラハの春」 新人公演担当=川上正和 200257

率直に言って、涼紫央琴まりえも、期待以上の出来ではあった。というのも、まあほとんど期待していなかったからだと言えなくもないが。問題は、全体に本公演では感じられた、前のめりに時代を疾走する緊迫感や、全編を貫く高揚感が少なかったことで、観る者を感動させるほどの舞台にはならなかった。新人公演だからしょうがないとも思うが、一度限りの新人公演ならでこそ、爆発的に奇跡が生まれてもよいのだ。そんな新公が何度かあったことも、確かだ。

そんな中でも目立ってよかったのは、ヤン・パラフ(本役・安蘭けい)の柚希礼音。もちろん本公演でも大きな存在感を示しているのだが、定評のあるダンスはもちろんのこと、歌も強く、スケールの大きさを存分に見せた。足が長いから当然とはいえ、大股で歩くのが、ヤンの勢いのようなスピードを感じさせる。ミロスラフが倒れた後の群舞は、初舞台生も含めて人数が多かったこともあるが、ひじょうに力のあるもので、メンバー皆がとてもいい表情をしていた。それをリードする柚希のダンスも、ことのほか素晴らしかった。

その相手役のモニカ(本役・叶千佳)陽月華が愛らしく、いきいきと舞台を飛び回っていたのも強く印象に残っている。陽月は、銀行のポスターで見るよりも舞台の上で動いているのを見るほうが、格段にチャーミングでドラマティックだ。本公演でもがむしゃらに舞台を走る姿が印象に残っているが、長い腕を自在に使って大きな動きをとれるし、演技のタイミングも心得ている。ラストの柚希との軽いデュエットダンスも、ひじょうによかった。

シュテンツェル(本役・英真なおき)の美城れんが、楽しく達者な演技を見せた。深い味わいを出せており、声もいい。ダナ夫人(本役・万里柚美)毬乃ゆいは、ややユーモラスな役作りで家庭教師みたいな雰囲気を出し、面白かった。ヤロミール(本役・)涼麻とも、レオシュ(本役・柚希礼音)夢乃聖夏にも、なかなか引かれるところがあった。ポジェナ(本役・朝峰ひかり)の陽色萌も達者な演技で存在感を見せた。ハインツ(本役・鳴海じゅん)大河睦はセリフ回しが大げさに聞こえ、間の取り方が今ひとつだったのが残念。

稲村(本役・彩輝直)大真みらんは、姿が美しく、落ち着きがあった。セリフ回しはうまく説得力があったが、前半で少し間が伸びたようだったのは、緊張のせいか。歌が強くないようだが、歌のシーンのムードはよく出ている。これからの課題がはっきりしたという意味で、いい新公だったといえるのではないか。テレザ(本役・秋園美緒)叶千佳も大真との銀橋のデュエットで再確認されたように、歌が課題となっている。もう新公での出来具合をうんぬんするような立場ではないのだが、ちょっと全体に精彩を欠いたように見えたのが気になっている。本公演でも持ち前のはじけるような魅力が影を潜め、眉間に皺を寄せているようなのが心配だ。

ヘス中佐(本役・夢輝のあ)には彩海早矢が抜擢された。男役の声もできているし、セリフ回しもなかなかいい。歌はちょっとこもり気味だが味があり、ダンスもそつなく全体にいい空気を醸し出せていて、現状では十分合格ラインをクリアしているといえるだろう。今回見た限りでは、課題となるものを見つけられなかったぐらいだ。

さて、堀江(本役・香寿たつき)のだが、後半にかけて尻上がりに落ち着いた演技を見せたが、ところどころで演技が妙に大きすぎるのが気になった。ちょっと声が平たいような気もする。特に歌で弱音の際に平べったく薄い声になってしまう。動きでは、腕に伸びがないので大きく見えないのが残念。

カテリーナ(本役・渚あき)の琴まりえは、冒頭のデュエットダンスでは姿が美しいと思えたが、芝居の中では立ち姿がワンパターンだったり、以前から気になっていたセリフ回しの単調さが見られたりと、多くの課題が散見される。姿がかわいいから少女にしか見えない、ということはないはずで、基本的な役作りに問題があるのではないだろうか。セリフを口にする時に顔が動き過ぎるように見えたことがあったのだが、それで幼く見えるのではないかとも思った。

二人のダンスも無難だったとはいえ、リフトのタイミングがもう一つ合っていなかったのか、無理に持ち上げているように見えた。歌も必ずしも揃っておらず、どこかちぐはぐで別々に演じているようにも思えた。


星組新人公演 花の業平 宝塚大劇場

 「我が愛は山の彼方に」の新公を見れなかったので、はっきりとは言えないのだが、真飛聖(業平。本役=稔幸)は決して歌が得意なほうではないにしても、こんなに手探りするような、びくびくとは言い過ぎかもしれないが、不安げに歌う人だったかしらと意外に思った。最初は、意識して柔らかく歌っていい感じかなとも思ったのだが、徐々に不安定で、のどだけで歌っているように聞こえた。歌以外では随所で細かい演技や声のコントロールができていたし、高子を奪われた後の叫びのような独白にはかなりの力があるなど、美点は多い。もちろん姿は本当に美しく、稀代の色男の名をほしいままにした業平にふさわしいと思うのだが、冒頭からどこか不安げで、視線が泳いでしまっているように見え、その印象が最後までついてまわった。

 こんなことを言うのはかえって彼女の名誉にはならないかもしれないが、今回の組替えによって急に上が厚くなったことで、真飛やついでに言わせてもらえば朝澄けいあたりによからぬ動揺が走っているのではないかとまで思ってしまう。本公演での扱いが、安蘭けい、夢輝のあ、鳴海じゅんの加入によって、一気に下がってしまったように見えるところへ持ってきての新公だっただけに、その分いっそう奮起してほしかったのだが、もしかしたら彼女の正直さや素直さがやや裏目に出たのかもしれない。ぜひ次の本公演やバウホールに期待したいものだ。

 そのようなことを考える必要もなく、ただ体当たりしていい結果を出すことができたのが、娘役初トップの映美くらら(高子。本役=星奈優里)だったことは、予想通りだったといえるかもしれない。映美は歌が弱いようだが、その苦手な歌を歌うときに表情が崩れないのがいい。堂々と平気な顔で歌っているところを見ると、歌なんてこれからいくらでもうまくなれるわとつっぱねているようで、まことに頼もしい。歌については、おそらくブレスに問題があるのだと思うから、きちんとした呼吸法をふまえて確かなレッスンを受ければ、飛躍的に伸びるのではないだろうか。本公演どおり、平安時代にこんな女はいなかっただろうと思えるような気骨や強さがよく出ていて、好感が持てた。もちろん、美しさ、というよりも愛らしさか、についてはいまさら言うまでもない。演技についても、「今日あの人が……何かを残していったわ」の科白で、恋する少女の浮き立つような軽やかさが出ていたのには、感心してうれしくなった。

 またもや準トップ役の椿火呂花(基経。本役=香寿たつき)は、今回意外に大きさが感じられたのがいい。ただ、歩き方がややきれい過ぎて、基経の傲岸ぶりが出ていなかったような気がしたのは、物足りない。期待された梅若(本役=絵麻緒ゆう)の柚希礼音だが、歌が前に出ていたのはよかったが、少々不良めいて見え過ぎるなど、特にいい印象は残らなかった。切実な科白が押しだけで平板に終わってしまったのが惜しい。常行(本役=安蘭けい)の拓麻早希、歌はたいそう苦しく、時に科白が流れるのが気にはなったが、立ち姿が美しく、見ていて気持ちいい。これからの飛躍を期待したい。

 今回の第一の収穫は、清行(本役=初風緑)の涼紫央。歌に艶があり、声がよく前に出ていたこと、きめ細かい演技、表情がよくできていたことによって、ひじょうに美しく見えた。男の情けのようなものが出ていたとさえ思った。さらに順子(本役=朋舞花)の彩愛ひかる、科白回しがしっとりと落ち着いて上品で、主役二人の出会いの場面をよく引き締めた。そのお付の若葉(本役=映美)の陽月華も、表情でよく演技ができていた。また恬子(本役=琴まりえ)の千琴ひめかは、落ち着きと品があり、適度に感情が出ていたのがいい。秋宗(本役=真飛)の凛華せらに、業平を慕う前のめりな若さが出ていたのにも満足できた。中庸(本役=涼紫央)の大河睦が美しい姿で目を引いた。

 良房(本役=汝鳥伶)の雪路歌帆は、そのまま本公演にもっていっても何ら遜色ないと思われる、いい味わいをのある演技を見せた。目に力があり、腹黒そうな笑い方といい、役の格がよく出ていた。大納言(本役=鈴鹿照)の水城レナも、声の絞り具合が絶妙で、役の一種のあわれさと可笑しさを出せていたのがよかった。民衆のとね(本役=陽色萌)の琴まりえは、ずいぶん下卑た感じの声の出し方が役にはまっていて好演。意外にこのようなすれた役柄のほうが似合っているのかもしれない、のびのびしていて、よかった。

 新公だけにやむをえないとはいえ、大事な場面で演技の間の悪いところがあり、やや興を削いだのが残念。いい勉強にはなっただろう。


星組「黄金のファラオ」 

 今回の新人公演は、ベルリン公演に出演する真飛聖、水瀬あおらが抜けた穴を、他の新人たちがどう埋め、突出するかということが眼目であった。果たして、配役では椿火呂花がセイタハト(本役=絵麻緒ゆう)で抜擢されたのをはじめ、何人か初めて顔と名前が一致するような者がいた。どのような形であれ、たった一日のことでも大きな役を生き、多くの科白を口にすることで思わぬ成長を遂げる者がいるだろうから、悪いことではなかった。

 抜擢の椿は、バウ公演も含め、これまで大きな役はついていなかったが、以前から美しい容姿で舞台の隅でもよく目立つ存在で、期待して見ていた。姿が美しい上に視線も鋭く、声にもいい艶と余韻があり、この難役をよく堪えた。セティらと町へ出ての、「俺の父も兄も、水担ぎだった」という科白のタメが的確で、いい演技だった。特に終盤、セティの助太刀として「あんたのためなら、死ねる」と登場する場面での、水際だって鮮やかな表情と動きには感動した。立ち回りもよく、突かれたときの身体の反り、その後の表情が真に迫っていた。

 そもそも役柄として前半のセイタハトは、動きのある終盤に比べると、ただ不愛想で無口な鉄面皮が突っ立っているだけのように見え、実は秘めた過去や思いがあることを演者が深読みし彫り込まなければ準主役としての存在感が立ち上がってこない人物であった。そこを椿がよく彫り込み得たかということになると、いささか物足りなさが残る。なぜこの人物が感情を押し殺して立っているのかを納得させるには至らなかったが、やや求め過ぎか。書かれていないことを彫り込めるよう、今後に期待。

 アハメス(本役=彩輝直)の嶺恵斗は、もう少し化粧を工夫して見た目に鋭さをもたせるようにするといい。「スターの小部屋」で見たさわやかな素顔に比べ、舞台の顔が張れぼったく見えるのは、いかにももったいない。時折芝居の間合いが悪いところはあったが、滑舌もよく、本役に劣らぬ熱唱で、これも今後が楽しみだ。

 エムサ(本役=音羽椋)の大真みらんは、本公演での少年役(パキ)とはうって変わって黒い役だったが、姿や歩き方、しぐさが悪そうに見えないのが残念。科白回しは潔く、荒っぽい勢いは出ていたように思う。タハルカ(本役=夏美よう)の祐穂さとるのエルディアを見る目がいやらしく、盃を受ける時の演技も的確だった。ラストでアヌビス神を担当した望月理世は、花組新人公演に続く抜擢だが、動きのキレがよく、十分に見せてくれた。

 ネブヘル(本役=一樹千尋)の雪路歌帆は、役の座りはいいのだが、あまりに本役をなぞり過ぎではなかったか。芝居のうまさは改めて知られたが、かえって興ざめ。彼女ほどの実力があれば、何か本役との違いを際立たせ、楽しませるような工夫があってもよかったのに。本公演と新人公演が同じ演出家(中村暁)だったことの皺寄せを受けたのかもしれない。

 エルイムの水野ちはる(本役=万里柚美)は、セクシーに過ぎて品を失った感がある。ダンスにキレがなく、妙な粘りが出てしまったからかもしれない。メリエト(本役=朋舞花)の星風エレナは、いかにも若過ぎ、居心地が悪かった。ネフェルティ(本役=星奈優里)の妃里梨江には、前半で本役の鈴が鳴るような愛らしさがなく、セティが落命した後には威風や凛々しさが見られなかった。全体に小さく、これが精一杯のように思えて、残念だった。

 ティア(本役=陽色萌)の映美くららは、ちょっと自分を放り投げたような酒場の女らしさが出ていて、良かった。神子S(本役=千琴ひめか)の花城アリアの歌は素晴らしかった。エルディア(本役=妃里梨江)の陽色萌に、愛らしさがよく出ていたのは、演技のうまさを証している。ラダック(本役=司祐輝)の妻ということにしてでも高宮千夏に町の屋台の主として語らせたのは、成功だった。しっとりと落ち着いた声調とゆっくりと淡々とした科白回しで、観客も一人の登場人物であるかと思えるほどに、神官の頽廃と神殿の堕落が心にしみた。

 稔幸の二役を務めた朝澄けいは、ファラオとしての序盤こそ、劇的に歌い過ぎたためにかえって柄が小さくなってしまうようで不安に思ったが、セティになってからは問題なく好演した。声には太さやいい意味での濁りがよく出ていたし、男らしさが十分に見えた。視線の使い方も大きく、もう少し荒さがほしいと思わないでもないが、これが朝澄の個性なのだろう。立ち回りでもポーズ、決めが素晴らしく、殊にネブヘルを刺すところの腕と足の角度の美しさなど、見とれた。

 全体には、アハメスがネブヘルの神託を疑う発言をするところや、死んだはずのファラオ(セティ)が登場する際の周囲の反応する演技が小さくて物足りなかったのが残念。どんなに小さな目立たない役でも、少し大きめの演技を意識的に行わないと、大劇場では通用せず、結果的に舞台がスカスカしたものになるということを、演出担当はきちんと若手に教え込んでおいてほしい。


WEST SIDE STORY

 星組の「WEST SIDE STORY」(以下、WSS)は、まず冒頭で水瀬あお(ベルナルド。本役=彩輝)の大きさが目に入った。時折、フッと空中を歩くような風情を漂わせながら、シャープな動き、厳しい表情で強烈な存在感を見せた。そしてふとペペ(久城)の美しさが目に入る。椿火呂花だ。エニーボディズ(美椰)の琴まりえも、小さくてかわいいのにシャープな感じで、とてもいいムードを出している。シュランク(英真)の莉理せいらも、風采が上がらないシケた感じがいい。

 このように、第一場だけでも前々から気になっていた若手たちがクローズアップで見えてくる。新公観劇の醍醐味だ。注目されたのは、やはりリフ(絵麻緒)の真飛聖だったが、まだここでは若干取ってつけた感じがしたり、声が前に出ていないような感じがして、心配ではあった。

 しかし、第二場に移って、トニー(稔)の朝澄との絡みになると、俄然リラックスした輝きを見せる。やや深読みだが、ジェット団のリーダーとしては張り詰めて突っぱっていなければいけない彼が、旧友トニーの前では安心していられるという、役柄の通りのスムーズな展開だったといえなくもない。リフがトニーに少し甘えてみせたり拗ねてみせたりするという演技の押し引きが、いいテンポとなって真飛自身に柔らかさを与えられたように思う。ここからの真飛は、実にチャーミングだった。

 さて、朝澄けいの歌だが、柔らかくいい低音を持っている。やや妖精的な魅力のある外見もあって、全体にはトニーの若さを存分に出していたが、声質によって一面での落ち着きや大人らしさを出せていたとも言えるだろう。

 開演前には好奇心のレベルで注目されていたのが、雪路歌帆のアニタだろう。まず登場の印象からいえば、下町の世話好きなお姉ちゃんといった、ガチャガチャした剣呑さをもった、独特なアニタだった。随所で細かい演技でよく感情を表現できていたことは特筆できる。そしてベルナルドとの組み合わせで見れば、このWSSの青年たちの中では、突出して大人っぽい二人だったとも言えるだろう。

 体育館のダンスシーンで注目されたのは、ロザリア(朋)の美椰エリカのあけっぴろげなかわいさ、グラジェラ(妃里)の美乃杏花の第一印象の大人っぽい美しさなどの個々の魅力に増して、シャーク団の強さだった。これは比較的にいえば星組の本公演には見られず、むしろ月組に見られたものだったのだが、月組は特に紫吹と樹里の強さによっていたことは間違いない。つまり、それほどに水瀬と雪路が際立っていたということだし、ペペの椿、チノの嶺恵斗らの面々が素晴らしかったということだ。

 グラジェラという役は、意外に動きが複雑なのか、千紘れいかも妃里梨江も苦労していたように思うが、美乃もターンの軸がぶれるなど、ダンスで精彩を欠いたのは残念だった。 しかし実はアニタの雪路もまた、ダンスではそれほど魅力的ではなかった。彼女の魅力は、ほとんど気風や押し出しによってである、少なくともまだここでは。

 さて、注目のトニーとマリアの出会いは、劇的だった。出会いが運命的であって、それが悲劇に終わるということを既に予感させるほどの、結びつく力の強さを視線や背筋で表わすことができたのは、朝澄、秋園美緒の役への没入によるところだろう。続く名曲「マリア」での朝澄の眼ざしの甘さは、一瞬にして激しい恋に落ちた男の夢見る瞳そのもののように見えた。それを受ける秋園のバルコニーでの姿、歌声の甘さも。このような二人の歌を聞いていると、ミュージカルというものがなぜ成立したのか、つまりなぜ人は感情が昂ぶったときに歌うのか、ということが本質的に見えてくるような気がする。

 この二人の寄り添う姿は随所で実に劇的で、たとえば後に結婚衣裳を着てひざまづく場面など、憧憬と断念を感じさせて素晴らしかった。もちろんこの時二人は、将来本当に教会で結婚式を挙げることができると信じている。なにがしかの障害がないわけではないが、二人の力で乗り越えられると思っている。しかし観客は二人にその時が来ないことを知っている。このような時に舞台の上の役者は、そんな希望と絶望がぶつかりあうフロントとして機能しなければならない。それをこの二人がよく表現し得ていたのは、やはり若さの特権というしかあるまい。

 次の見せ場は「アメリカ」だ。ちょっと雪路のアニタはオバサン過ぎるかな、と不安に思っていたのが、美椰のロザリアとの歌での応酬ですべての不安は霧消する。アニタのシャウトによって、ロザリアがつんのめるほどの迫力である。バカな幼いことを言っているかわいいちょっと足りないロザリア(そういうあたりを美椰が好演)を、立派にやり込めている姐御という性格がみごとに出ていた。雪路はそもそも男役だからな、と納得した気になる一方、娘役にこういう歌のうまさだけではない強さを求るのは無理なのだろうか、どうなのだろうとも思った。

 この「アメリカ」では、実のところ時々間(ま)が悪かったり、シャーク団の女性陣のダンスがそれほど揃っていなかったりと、結構アラが目立ったのだが、雪路と美椰が目と耳を奪っていたのでまぁよしといったところ。

 対するジェット団の「クール」では、真飛と琴が目を引いた。真飛はダンスで後ろへ伸びた足の流れが美しく、また童顔にもかかわらず肩をいからせた姿が魅力的だ。エニーボディズの琴は、この一団の中では最もよく踊れていたといえるかもしれない。美乃は動きにちょっと伸びが足りない。初めての大きな役で少々びくついていたのかもしれないが、華やかさを持っている娘役なので、次回に期待をつなぎたい。

 そして第一幕のラスト、五重唱から決闘までは、マリアの歌のすさまじさ、フェンスの越え方の美しさ、リフを刺した時のベルナルドの表情の緊迫など、ところどころ印象に残ってはいるが、ただただすごかったとしかいいようがない。よくぞここまでしおおせたな、というのが正直なところである。これ、決定版かなぁと思いながら、幕間のホワイエに出たのだった。

 紙幅はとっくに尽きている。先を急がなければ。「I feel pretty」が本当にプリティだった。喜びに満ちたマリアを中心に、素晴らしいアンサンブルの中、フランシスカ(しのぶ)の陽色萌がチャーミングで、動きがよかったのが発見。椿の足の線の美しさ、秋園の晴れやかな表情、怯えるA−ラブ(朝澄)の美稀千種の愛らしさ。スノーボーイ(夏風)の真汐薪がかっこよかった。

 何よりもアニタとマリアの「あんな男に/私は愛している」が、この宝塚において歌でこのような拮抗したドラマが成立するのかと溜め息つくほどの、圧倒的な迫力と緊迫感を持ったものだった。マリアの一途さとアニタの悲しみと裏腹のやさしさが一気に塊として提示された。これもまた、ミュージカルでなければこのような思いは表現できないだろうと思わせられた。「私もベルナルドを愛していた」と言う静かなアニタ、美しかった。

 トニーに「目を覚ませ」というドック(夏美)の彩勢沙樹の熱さには好感が持てた。ただ、そう言ってトニーの頬を張るしぐさが女の子みたいなのは要注意。繰り返すが、チノがよかった。撃った後の硬直、不器用でまじめな、いかにも兄が妹にふさわしいと思いそうな青年をうまく形にした。

 マリアは、いくぶん激し過ぎるほどだったかもしれない。でも、それが当然なのだと納得させるほどの激しさだった。しかしそれが丁寧な演技でもあったことは、息絶えたトニーの頭部へのやさしい手の添え方にも美しく現われていた。秋園がこの公演で素晴らしかったのは、とにかく表情が豊かだったことだ。ややさびしげな顔つきだと思うことが多かったが、それはもしかしたら表情の込め方が中途半端だったり足りなかったりしたせいだったのかもしれない。役者の顔というのは、演技が作っていくのだな、としみじみと実感できた。美しかった。

 それが最後の挨拶につながっていく。たった今トニーを失ったばかりのマリアは、まだ秋園に戻れないまま挨拶でマイクの前に立たされた。両肩を前にすぼめ気味にし、両腕を硬くしてこぶしを握りしめて嗚咽をこらえようとする姿に、マリアのかなしみの深さを見た。おそらくここにはまだ大役を演じきったという達成感が入り込む隙はなかっただろう。だからこそ観客は、彼女がマリアという少女を生ききったのを見届けたという満足感があった。何よりのフィナーレだった。


「皇帝」

 星組の音羽椋は「誠の群像」「ダル・レークの恋」に続いて「皇帝」が三度目、秋園美緒は「国境のない地図」以来久々で二度目の新公主役になる。音羽については、「誠の群像」では役柄が合っていたのか演じやすそうでもあり、立派だったが、「ダル……」では手も足も出ないという印象だったので、「皇帝」で真価が問われるだろうと思っていた。秋園は「国境……」からの約三年の間に歌唱力を評価され、「Elegy哀歌」で稔幸の相手役を好演するなど進境著しい。娘役の「次」を占うための重要な新公であった。

 まず音羽は何よりも、ネロの大きさを出せた部分があったことが大きな収穫だった。言うまでもなくこの作品は麻路のサヨナラ公演として、麻路ならではの柄の大きさを出そうと作られたものだから、音羽の少しアウトロー的な雰囲気には合わないのではないかと心配していた。まずプロローグでスケールの大きさを見せることができた。銀橋で主題歌を歌う第三場では、声を鼻に掛けすぎていることもあってか、やや重々しさに欠けたが、ラストの自害して果てるシーンの開いた膝の角度や背の反らし方は、麻路に劣らず美しかった。時に台詞回しが上っ面を走るような急いだ感じになるのが難ではあるが、また時にそれが妙に魅力的に聞こえたりする、不思議な個性を持っているといえよう。やはり、ところどころでは叫び過ぎたり、台詞が滑ってしまったり、下から声を出す感じになってしまったりして重みに欠ける部分もあったが、今後の課題として一つ一つよく確認しておいてほしい。

 秋園は、これまで顔のさびしげな風情が気になっていたが、徐々に自信が出てきたのか、それを生かすべきところでは生かしながら、若々しい美しさを身につけつつあるようだ。オクタヴィア(本役=星奈優里)はさびしい妻であり、適役だったともいえる。台詞回しも、シーラヌス(朝澄けい。本役=稔幸)とのやり取りなど随所に工夫とうまさが見て取れた。ネロの残虐極まる指示を立ち聞きしている姿、ネロに妻と呼ばれて泣く姿、殺されるために嬉々として王座に走る後ろ姿など、それぞれに深い感情が込められていて、印象に残っている。しかしそれが華やかさにつながっていくかどうかと問われると、まだ何とも言えない。こればかりは、自分で自分の殻を破っていくしかないのではないだろうか。

 朝澄けいはオープニングで安定した歌を聞かせた。相変わらず美しいがちょっとボリューム感に欠けるのはやむを得まい。かえって失意の貴族という雰囲気がうまく出ていたのは、結果オーライ。大声を出すと声が割れやすいのには注意してほしい。

 アグリッピナ(本役=邦なつき)の羽純るいは、精一杯の熱演。本役に比べて貫禄に欠けるのは当然でやむを得ないが、それを若い魅力でカバーし、ネロがこの母とただならぬ関係を断てないということをスムーズに納得させられたようにも思う。さすがに台詞回しも達者なものだったが、声をもう少し絞って、粘りのある台詞回しにしたほうがよかったのではないかと思う。

 司祐輝はセネカ(本役=千秋慎)を好演。内省的な声で落ち着きを見せ、新人公演らしからぬ重みを舞台に与えられたのが収穫。ブッスル(本役=絵麻緒ゆう)の真飛聖は、「戦士よ雄々しく立て」で腕の返しの大きな量感のあるダンスを見せ、ダイナミックな存在感を与えてくれた。サビナ(本役=彩輝直)、メッサラ(本役=万理沙ひとみ)の姉弟は、雪路歌帆、妃里梨江。雪路の純粋でまっすぐな若々しさが気持ちよく、妃里はさすがに上手さで本役を食った感がある。

 他に目立ったのは、アルケス(本役=久城彬)の水瀬あお、奴隷の歌手(本役=秋園)の美椰エリカ、奴隷の女S(本役=羽純)の美乃杏花、大勢の中で音月桂、といったあたり。水瀬は男役としての立ち居振舞いが堂に入ってきたようで、立ち姿が美しい。美椰は本公演のショーで意外に(失礼)踊れることを見せてくれたが、歌も悪くない。美乃はまだゾクゾクするほどのダンスではなかったが、華やかさがあるような気がする。他の奴隷のダンサーたちが魅力的だったのもよかった。

 ぼくはどうしてもこの「皇帝」という芝居の世界には入り込めず、特に「馬から落馬」的な台詞の粗雑さ、妙ちきりんな四字熟語もどきには辟易としていたのだが、新公の演出家(大野拓史)という存在は、そういう部分(特に明らかな誤り)を手直ししてはいけないものなのだろうか。植田−石田−大野と、三人もの演出家が揃いながら、初歩的な言葉の使い方にあらが目立つというのは、信じがたいのだが。こういうようなことで芝居に熱中することを妨げられるのは、生徒に気の毒でならない。

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