「宝塚アカデミア」連載記事です

12 「「この思い、届いていますか?」」

 やりたいことができることなど、そうはない。まして、舞台の上で。花組の歌い手たちによるエンカレッジ・コンサートが面白かったのは、十六人の出演者がそれぞれ自分の歌いたい歌を持ち寄ったからだと思う。印象的なシーンはいくつもある。たとえば、母親が上月晃の大ファンだったという(ここで客席からは「おやおや、ご本人じゃないのね。そりゃそうよね」というような感じのため息がもれたのだが)悠真倫の「グラナダ」。失礼を承知で言うのだが、悠真は決して二枚目タイプの役者ではない。腕や脚もそうスラリとしたタイプではない。新公で印象に残っているのは「夜明けの序曲」で岸香織が演じた三上繁、「ルートヴィヒU世」で星原美沙緒が演じたワーグナーと、共に専科の役であるように、おそらく今後は渋い脇役を演じ続けるタイプの役者として成長すると見込まれていると言えるだろう。そんな彼女が精一杯二枚目になって踊り、歌ったのがこの日の「グラナダ」だった。

 これが感動的なものだった。悠真は歌はもちろん、ポーズもかっこよく、キザに決めた「オーレ!」は実にセクシーで素晴らしかった。一種異様な雰囲気−−歌そのものの持つ力、上月晃という存在の持つ力、そんな諸々の空気が満ちていることを感じることができた。もう一曲悠真が歌った、「テンダーグリーン」の「心の翼」も、バックコーラスを務めた他の出演者の楽しそうな姿も含め、もちろん名曲ではあるにせよ、不思議なほど感動的に盛り上がった。何よりも、再び失礼を承知で言うが、悠真倫という地味めなこの舞台人が、こうして一人で真ん中でスポットを浴びて、数百人のホールの観客の全員の視線を一身に浴び、まさにスターとして光を放つ機会が、今後そうたびたびあるとは思えないことを、本人を含めてみんなが知っていてこの瞬間を大切にしていることからたち昇る、一世一代の哀切のようなものの入り交じった緊張感が、この舞台をきりりと引き締めた最大の要因だったことは否めない。

 同様に、眉月凰の「愛の旅立ち」も、実力どおりの熱唱だった。正直に言って、今後眉月からこんなに深い感動を与えてもらえることがあるだろうかととまどうほどだった。この歌を聞き、姿を見ている時は、眉月が現在必ずしもトップ路線に乗っていないようであることが不思議に思えてしかたなかった。真竹すぐるが硬質なハイトーンで歌った『ラ・マンチャの男』の「見果てぬ夢」も、幸美杏奈が自在な声のコントロールで歌った『Les Miserables』の難曲「On My Own」も、すばらしかった。

 特筆しておきたいのは幸美杏奈、真丘奈央、絵莉千晶による『哀しみのコルドバ』の名曲「エル・アモール」、続く絵莉の「ひまわりの歌」だ。言うまでもなく、「エル・アモール」は三角関係の緊張を3人が歌い上げる、ひじょうにドラマティックな曲である。もちろん本来は劇中歌であるから、物語の内容に沿った前提や感情表現を伴って、いわゆる劇的に歌われるわけだし、それに耐えうるだけの盛り上がりをもった曲だ。それをこの3人は実にみごとに歌い上げた。3人の歌、表情だけでドラマ全体の哀切が立ち昇ってくるような気がしたし、震災で飛天(当時)の安寿ミラのサヨナラ公演が中止されたことさえも思い出されて、きっと彼女たちにとっても単なる名曲というにとどまらない、特別な一曲であったのだろうなと想像した。

 もちろん歌いたい歌を歌えばいいというものではなく、たとえば渚あきの「私だけに」(『エリザベート』から)は、明らかに入れ込みすぎだった。しかし、ふだん大劇場では決してソロを聞けない劇団員たちの実力を聞くことができたことは貴重で楽しいことだったし、何よりも彼女たちが楽しそうだったのがよかった。当初は予定になかったというのだが、吉崎憲治がタクトを振ることになったのも、彼女たちの熱意か楽しさにつられてしまったのではなかったか。

 ぼくは本当は、スタンディング・オベーションをしたかった。本当によくやったよ、すごかった、うん楽しかったよ、と十六人全員に声をかけたいと思ったのだが、それは無理なので、せめてふだんの公演と違う形で気持ちを伝えたかったのだが、ちょっと勇気がなかった。次は雪組がやるらしいので、どうだろう、皆さんやりませんか(チケットが手に入ればの話だが)

 バウホールでスタンディング・オベーションをと思ったのは、十一月中旬に同じくバウホールで行われた音楽座ミュージカル『メトロに乗って』のカーテンコールで、客席全員で熱いスタンディング・オベーションを送ることができた、その興奮がまだなんとなく残っていたからかもしれない。毬谷友子、福麻むつ美という2人の宝塚出身者が出演していることもあってチケットを取っていたのだが、半ば伝説と化していた毬谷の歌の力には本当に引き込まれ、圧倒されたし、何よりも舞台から熱い思い……このミュージカルをやりたい! というようなエネルギッシュでひたむきな思いが伝わってきた。

 浅田次郎原作のこのミュージカル『メトロに乗って』については、この作品だけで数枚の劇評を書くべきだとも思うが、とにかく感動したということだけにとどめておいて、この公演が始まるまでの、音楽座のホームページや電子メールによる情報発信の充実ぶりについてもふれておきたい。

 まずインターネットで音楽座ミュージカルの会員になれば、チケットが割引になるのがうれしかったのだが、それに続いて、公演が近づくにつれて、顔合わせだの通し稽古だのメンバー変更だの、そして出演者からのメッセージと、頻繁に送られてくるメールによって、出演者やスタッフ、そして全国に広がっているのであろう多くのファンと一緒になって公演本番を待つことができたのがうれしかった。もちろん音楽座時代から培われたノウハウでもあるのだろうが、作り手から観客に向かう熱い思いが長い期間にわたって伝わってきていたのは確かなことだ。それが公演当日にも、舞台から客席に向かう熱さとなって届いたのだし、客席からも「待ってたよ」というメッセージが伝わっていたのだと思う。

 舞台から客席に、たとえば「この作品を観てほしかったんです。どうですか?」「こういう世界を作って、あなたと共有したかったんです」というような思いがダイレクトに伝わってくるのが舞台芸術というナマな表現形態の素晴らしいところで、ぼくたちはそれを味わいに小劇場やら大劇場に通っているといっていい。音楽座ミュージカルが素晴らしかったのは、あるいはひときわ熱くさせているのは、一つにはトラブルを超えて再びミュージカルの公演を打てることを、スタッフもファンも出演者も心から喜んでいることではないか。

 このような「私たちの思いは、あなたに届いていますか?」という熱い息吹のようなものを、残念なことに宝塚ではあまり感じることがないように思う。宝塚は、恵まれ過ぎているのかもしれない。専用の新しい常設劇場ができて、東京でも関西でも通年公演ができるようになった。額の多寡は知らないが劇団員には給料らしきものも出ているそうだから、舞台のためにといってアルバイトに精出さなくてもいいのだろう。アクセサリーはともかく、衣裳は専門のスタッフが作ってくれる。音楽学校という制度がある。生徒と呼ばれる劇団員たちはライバル意識も強いだろうが、同期という強い仲間に恵まれてもいる。同じ作品を2ヶ月、3ヶ月と続演できる。生演奏のオーケストラがついているのも、日本では稀有のことだ。などなど、これらのことは、他の劇団の人から見ると、とうてい望みようがないほど、うらやましいことであるはずだ。しかしながら、恵まれた環境も与えられれば当然かつ自明のものになってしまう。それが当たり前と思ってしまう以上に、不満だって出てくるだろう。たとえば、「一年中舞台に立てる」という喜びが、「一年中舞台に立たなきゃなんない」「しょっちゅう作品を作らねばならない」というふうに変質してしまうのが、悲しいかな、人間というものなのかもしれない。

 以前からぼくが不思議に思っていることの一つは、大劇場公演ではカーテンコールがないことである。考えようによっては、最後の大階段のパレード自体がカーテンコールのようなものなのだから、屋上屋を重ねるようなことは必要ないというのかもしれないが、緞帳が降りてからもう一度や二度、手を振って「明日も来てね」ぐらいのお愛想を言ってもいいではないかと、かねがね思っているのだ。例のバレンタイン・スペシャルでは、アンコールに応えて銀橋まで渡ってくれたのだから、普段からできないわけではないだろうに。緞帳が上がって稔幸がユーモアにあふれた挨拶を終え(「客席のカップルのあたたかさを自分たちももらえたような気がした」とコメントしていたのが、強く印象に残っている)、再び音楽が始まってスターが銀橋に向かったときに、客席が悲鳴のような歓声に包まれたのを、関係者は聞いていただろうか? もちろん理事長や会長は、早々に席を立っていたのだろうけれども。第一、バレンタイン・スペシャルで宝塚を初体験した男性客が、次に観にきたときにカーテンコールがないのを知ったら、どう思うだろうか。

 例によってばかげた話になってきたが、宝塚歌劇団全体が、今日もお客さんが観にきてくれてよかったと思い、今日も無事に舞台の幕が開き、無事に幕を下ろすことができた、ありがたいことだ、と思っているのなら、そういう思いを客席に確実に届かせるように、せめて当たり前に普通の劇団がやっているようなことはやっておくべきだ。何度も書いてきたことだが、演劇というものは、出演者と観客とスタッフが共に創るものであって、それらの相互作用によってどうにでもなる生き物だ。花組のエンカレッジ・コンサートで、もう一度緞帳が上がれば、ぼくは立とうと思っていた。そしてきっと多くの人が立ったと思っている。もしそれをその日ステージの上にいた彼女たちに見せてあげることができていたら、彼女たちもきっともっともっとうれしい思いを抱くことができたはずだ。ステージから客席に投げかけた熱い思いが、客席からまた投げ返される、そんな当たり前で理想的な時間がもてるはずだった。

宝塚の観客の拍手のポイントはいわゆる会によって決められているせいか定型化してしまっていて物足りないが、そのように舞台が生き物ではなくなったかのような定型化の最初のきっかけを作ったのは、八十数年に渡る歴史の中で、「公演が打てて当たり前」というふうに思ってしまった、劇団関係者の意識だと思う。これは客商売の基本だとかおもてなしの心だとか、ホスピタリティだとかCSだとかの前に、初心ということだけ肝に銘じておけば、すむことだ。


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