「宝塚アカデミア」連載記事です
20 「歴史という誘惑」
1.虚構の歴史/現実の歴史
大塚英志の『「おたく」の精神史−1980年代論』(講談社現代新書、2004年)を読んでいたら、「七〇年代後半のサブカルチャーの一部が同時多発的に仮想の年代期、仮想の歴史を抱え込もうとし、八〇年代にこれが開花し、一挙に肥大していくという流れ」を「ポーの一族」「ウルトラマン」「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」と見ていき、それが部分的にはこの現実世界にマルクス主義史観をあてはめられなくなった代償ではないかとしつつ、「だが八〇年代に肥大したおたく文化内の「歴史」が、九〇年代に入るとフィクションという仮想の現実にとどまり、実体を欠落させた空疎な存在でいられなくなったことは確かである。/何故、ぼくたちは虚構の中の「歴史」に耐えられなかったのか。フィクションをフィクションのままにとどめられなかったのか。/この、バーチャルな領域にとどまり切れず、安易に「現実」を求めてしまうところに、今、ぼくは日本型「おたく文化」の限界を見る。そのことと、村上春樹が満洲やオウムについて書き、庵野秀明が「エヴァンゲリオン」完結編において実写映像を挟み込まなくてはならなかったことは深く関わるのではないか」(/は原文改行。同書221〜224ページ)と指摘しているのに突き当たって、著者の大塚に対しては、こういう、筆の運びのついでにバッサリ第三者に斬りかかるようなことをするから誤解されるんだよな、と思いつつ、宝塚でも「ON THE 5th」における9.11の無惨な扱い、「薔薇の封印」の実写映像の挿入、そして「スサノオ」での生硬ともいえる現実の事件との重ね合せを見せられ、第十六回「歴史的事実にどう立ち向かうか」に続いて、再び現実というものの取扱いについて、考える必要に迫られた。ぼくたちの問題としてである。
宝塚はまあ大衆芸能だから(というのも雑ぱくだが)、時事ネタを巧妙に取り入れて観客の受けをねらうのは、ごく普通の手法として常用されているといってよいだろう。たいていの大衆芸能は、時事ネタを一つのエピソードとして取り上げて揶喩することはあっても(戦争美談などの例外はあるが)、真っ向から問いかけるような形では扱わないはずだ。一つには現在進行形の事実はあまりに重くて作家の手に負えないからだし、からかいやくすぐりの対象としてならまだしも、中心テーマにすると賛否が分かれ、何割かの人々に拒否されれば、興行成績にさしつかえもするからだ。
だから、当時ぼくは批判したが、雪組の「ON THE 5th」で9.11をロマンスに絡んだ一エピソードとして取り扱った小林公平と草野旦の姿勢は、9.11を宝塚のショーで取り上げなければならないという前提があったのなら、正しくないことはなかった。前提は間違っていたが。
2.薔薇の封印−なぜ定位を求めるのか
小池修一郎が「薔薇の封印」の第三場から第四場への転換で、紫吹淳のダンスのバックにオーロラ・ヴィジョンのような荒い粒子と色調で20世紀の歴史をダイジェストしたその見せ方は、坂本龍一の「OPERA」をなぞったように見えたし、木村信司の「スサノオ」での日本という国の暴力についての取組み方は、野田秀樹の「オイル」を思わせた。仔細に見てみよう。
「薔薇の封印」で小池は、萩尾望都が「ポーの一族」で描いたヴァンパイヤ一族の壮大な転生の系譜の中に、現代という時代をやや強引にでも挿入することで、……さあ、一体どうしようとしたかったのだろう。ファンタスティカルな物語の後半に、20世紀の歴史的出来事を据えることで、重しのように物語を締めるような効果をねらったのなら、そうしなければ締まらない物語というのは、どのようにしても終結させることはできなかったのではないか。物語は本来、観る者の中でどのようにでも現実との回路をもつことができる。物語の中での時間の流れは、現実での時間の流れとは異なっていて、自由に行ったり来たりできるわけだから、あえて年表のように事柄を示してやる必要もない。よくいわれることだが、暗転一つで未来にでも火星にでも行けるのが、舞台という場の魅力である。「薔薇の封印」では、正確に言えばナチスの時代から現在までの約60年という「現代」を、ケネディやら月面着陸やらツインタワーやらという、奇妙にアメリカ合州国中心に綴られた映像で埋めていったのだが、なぜここにだけこのような「つなぎ」が必要だったかは、わからない。暗転だけでも、ぼくたちは60年飛ぶことぐらいのことはできたのだ。
結局問題は、小池が作品の中で、どうしても現在というものを歴史に位置づけたいという、強迫観念のような意識があったことだ。何も小池がヴァンパイヤの現在における実在を信じ主張したというのではないだろうが、作品の中に脈々と流れる歴史を、実在の歴史に重ね合せて見せることによって、もちろん誰もリアルとフィクションを実際に混同するわけはないにせよ、うまく行けばリアルの中でフィクションに遊ぶことができる。
宝塚でその最も成功した例は、「ベルサイユのばら」だったと言っていい。そもそも原作で池田理代子が成功したのは、リアルな歴史という制約の中にオスカルというフィクショナルな人物を挿入することによって物語を自由に展開させることができたからだ。それに対して、そもそも「ポーの一族」を舞台化したいという理由で宝塚入りした小池(小学館文庫『ポーの一族
1』解説による)にとって、わざわざ比較する必要もないかもしれないが、ヴァンパイヤ伝説というフィクションの枠組の中で萩尾が命を与えた一族は、時間の流れに転生を重ねながら自分たちが不老であるということで、オスカルとは異なる形で歴史の流れに屹立する大きな魅力をもっていた。小池はそれを換骨奪胎し、時代をデコラティフな場面設定が可能なものにし、主人公をヒロイックにすることで、宝塚的なものにしようとした。
それにしても、千年近い時間を飛翔するヴァンパイヤに、予感としてでも現在性を与えるためにちょっとした工夫を与え、「さあ、あなたの傍らにも、ヴァンパイヤがいるかもしれませんよ」とほくそ笑むだけにしては、いささか生々しさの勝った映像効果だったことは確かで、まあ、あの装置を一度使ってみたかったか使う必要があったかしたという事情はあったかもしれないが、少なくとも紫吹の魅力的なラストダンスの背景に置くには不適当であり、必要なかったように思われた。
一般的に「<歴史>を扱うことは、演劇にとって大きな誘惑である」と述べているのは、太田省吾である(2003年8月、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター発行「舞台芸術」4号所収「<歴史>の誘惑」)。
蛇足めくが、坂本龍一の「OPERA」は、20世紀という激動の世紀を時代的にも空間的にもレビューすることを目的として作られた作品であり、そのために映像も音楽もテキストも(ダンスも)動員されたものだった。けっして成功作とはいえなかったが、時代に真っ向から向き合おうという意図は、蛮勇としてでも評価したいと思った。それに比べれば、やはり宝塚で小池は、世界に対して部分的にとどまることもやむを得ないことであった。
3.スサノオ−小さな物語の軽視
プログラムに木村信司が載せているインタビュー形式のコメントを読んでから観るかそうでないかで、観劇にあたっての姿勢がずいぶん変わったものと思われた。ぼくは先に読んでしまったので、かなり重苦しい思いで幕開きを待つことになった。しかもたまたまその日は、イラクで3人の日本人が人質になった翌日だった。こうしてぼくが劇場にいる間、「人質」たちはどんなところにいるんだろう、あと何時間かでどのようなことが起きるのだろう、などと思いながら赤いシートに座っていた。
日本人が海外で暮らすと日本を再発見するというのはよくある話だが、木村もニューヨーク体験によって現代の日本に向きあうことを決意し、そのために古事記という「初めの物語」に戻ったという。そして「平和のためなら、この国は、どんな、間違いも、見過ごす、のか?」ということをテーマにしたと述べ、最後に北朝鮮拉致被害者の横田めぐみが昔宝塚を観に来たことがあったことを紹介し、「いつの日か必ず、再び観に来てください」と結ぶ。プログラムのコメントはそのようなものだった。
拙稿の流れでいえば、木村の意図は、大衆演劇である宝塚歌劇で正面から時事ネタに向き合おうという点で、蛮勇であった。プログラムでのコメント自体、ずいぶん気負ったもので、「歌劇」誌の座談会からはまったく予感もさせないような重苦しさを与えるものだった。もちろん宝塚ではしばしば内外の歴史を扱った作品が演じられてきたわけで、それぞれそれなりの重さはあった。しかし「スサノオ」のように、時代を超えて現在のぼくたちの喉元に、わざわざ切っ先を突きつけてくるような作品は、あっただろうか。
近さという意味では、戦後の世界史の事件を取り上げた作品として「プラハの春」を挙げることができるだろう。しかし、外国を舞台にした作品だからということ以上に、そこで展開された悲劇が、ベルリンの壁の崩壊、米ソ冷戦体制の終結によって現在のぼくたちと直結していないように思われるという意味では、「ベルサイユのばら」と変わりなかったといっても過言ではない。
また、ナチスの問題はいつもぼくたちの居心地を悪くさせるもので、しかも宝塚はなぜかナチスが大好きだが、では現代史の問題としてそれがぼくたちの喉元に突きつけられるような切迫感をもって描かれているかというと、宝塚ではそのようなことにはならない。「薔薇の封印」でもそうだったし、バウホールの「愛する人よ」でも改めて実感させられたが、宝塚が描くナチスには、ドラマがない。彼らはあのマークをつけて、ただ悪役として立っていればいい。こんな一面的で簡単な人物造型はないわけで、彼らに感情移入をさせる必要もないし、ぼくたちの現在における存在基盤を揺るがすようなことも、生じえない。
少なくとも終盤までの「スサノオ」には、力があった。暴力についての真っ向からの問いかけは、イナダヒメ(舞風りら)、アマテラスと偽アマテラス(初風緑)の両方向から非常に厳しい形で発せられ、そのたびにぼくの足元も大いに揺らぎ、胸はキリキリと締めつけられた。
4.「正義」のありか
この劇で特徴的なのは、納得できる正義がどこにもなさそうに思えるところである。まずはこの劇の世界の中でのことだけ考えることにしたいが、アオセトナ(水夏希)の言っているほとんどのことには、道理がある。ヤマタノオロチは、怒りと必要に応じて揮われる軍事力のメタファであるから、これをもってアオセトナに代表される森の者を邪悪であると決めつけるには当たらない。アオセトナを責めるのであれば、スサノオもそもそも力の存在である点で、同類である。ヤマトに滅ぼされた国家にとって、ヤマトが非道な侵略者であることも確かである。そこには強弱や運不運はあったかもしれないが、正邪はなかったと考えるのがまっとうな歴史意識であろう。
偽アマテラスの、国が滅びても平和を守るという見解はどうか。木村はこれを凝り固まった暴論として、あるいはスサノオの中の心の迷いとして単純に棄てようとしているように思えるが、戦後の日本の思想界の少なくない人々は、宗教的根拠やヒューマニズムに立つ人も含め、アメリカの傘があったとはいえ、意地悪くいえばロマンティックな絶対平和、非暴力、非武装中立という見解を固守してきたのだ。一笑に付したり唾棄したりできるような代物ではない。第二次世界大戦に敗れて国は滅びると思った人々が、たとえ国は滅びようとも世界の平和だけは守ろうと奉じてきた思想である。自らの戦争体験に基づいた経験的戦争拒否を貫くという人々も含め、ただ非現実的な空想平和主義ではない。
木村の誤りの一つは、スサノオの個人的な暴力と、現代の国家間のトラブルを同じレベルで取り扱おうとしたところにあったのではなかったか。スサノオの破壊衝動や姉へのコンプレックスを克服する自己回復過程と国家論を、有効な媒介なしに強引に結びつけようとしたところに、無理も生じ、議論や展開が広がることなくわい小化してしまった原因もあったように思う。
それと同様の議論のレベルの混乱が、スサノオ以外の人々を扱ったところでも見られたように思う。イナダヒメの父アシナヅチ(未来優希)は大変気の毒な正義の存在だが、彼が「人々は自分さえ無事なら、ほかの誰かがどうなろうと、気にもかけはしなかったのです!」と人々を難じるのを聞くと、ややざらつく。人々が「私の娘だけは生け贄にできない」と言うのは、善人の言ではないかもしれないが、非難される筋合いではあるまい。それに続いて、木村が最も強調したかったセリフは「心から信じた仲間たちこそ、本当は一番恐ろしい敵になる。それがこの国なのです!」ではなかったかと思い、もちろんイラクの人質に対する国内の多くの論調もそうであるように、いくつものニュースに接するとその通りだとうなずかざるをえないのではあるが、木村がこれらの言葉を、観客の共感を得ようとして発したものだとすれば、いささか生々しくとげとげし過ぎるように思う。ここでの木村の非難の視線は、他ならず観客たちの大部分であるところの普通の人々に向けられているとしか思えないからだ。「私の娘」という時の「私」も、「心から信じた仲間」も、赤い客席に座っているからだ。