「宝塚アカデミア」連載記事です
26 「誰を勇気づけてくれるのだろう?」
エンカレッジ・コンサートが、延期になった専科を除いて二回り目を終えた。改めて趣旨を確認すると「日頃、歌のレッスンに熱心に励んでいるにもかかわらず、宝塚大劇場の公演では、皆様の前であまり披露する機会が少ない出演者の為に、もうけられた催しです」とプログラムに書かれていて、たしか姿月あさとの発案によって始まったということだった。ダンスの得意な人なら、どこにいても見てもらうことができるけれど、歌はそうはいかない、だから、ということだったように聞いている。
2001年1月、第1回の花組の時はわずか三公演、プログラムもワープロ打ちのようなA4一枚ものの簡易印刷で、吉崎憲治の指揮もなく、まさに手作り、手探りの涙ぐましいような催しで、その点でも感動的だった。その後、吉崎が指揮者として舞台に登場して率直であたたかいコメントを寄せるのを聞いたり、出演者は組の中でオーディションをして選ぶというような話を聞いたりしている内に、やはり評判がよかったのだろう、花組がリプライズでもう一度やったり、専科でも行われたりして全組を一巡、すべてCD化されるという快挙もなしとげた。
そして今年から始まった二巡目である。その間に宝塚にどのような変化があったのかを象徴的に物語るのが、エンカレッジの出演者が劇団発表で決められているということだろう。ぼくは劇団の内部事情には全く詳しくないし、関係者からの情報を入手できるつてもないが、出演者の無邪気なコメントを読むとそういうことになる。
一巡目の当時は、本公演と本公演の間のオフに、ほぼ全員に仕事があるということはなかったはずだ。たとえば雪組について、当時と今年の年間スケジュールを見てみよう。『宝塚歌劇90年史 すみれ花歳月を重ねて』や劇団ホームページを参考にしたもので、ディナーショーやエンカレッジなどが含まれていないのは、両年同様の基準によると思われる。
<2001年>
・2月23日〜4月2日 宝塚大劇場 「猛き黄金の国」「パッサージュ」
・5月11日〜6月24日 東京宝塚劇場「猛き黄金の国 」「パッサージュ」
・8月4日〜13日 バウ「アンナ・カレーニナ」
・8月1日〜23日 博多座「凱旋門」「パッサージュ」
・8月18日〜24日 日本青年館「アンナ・カレーニナ」
・10月5日〜12月12日 宝塚大劇場「愛 燃える」「Rose Garden」
・11月24日〜26日 バウ「Over The Moon」−月影瞳クロニクル−
<2006年>
・2月10日〜3月20日 宝塚大劇場「ベルサイユのばら」-オスカル編-
・4月7日〜5月21日 東京宝塚劇場「ベルサイユのばら」-オスカル編-
・6月16日〜25日 バウ「やらずの雨」
・7月1日〜28日 全国ツアー「ベルサイユのばら」-オスカル編-
・7月6日〜11日 バウ「Young Bloods!!」-魔夏の吹雪-
・7月14日〜20日 日本青年館「アルバトロス、南へ」
・7月30日〜8月5日 バウ「アルバトロス、南へ」
・9月22日〜10月30日 宝塚大劇場「堕天使の涙」「タランテラ」
・11月17日〜12月24日 東京宝塚劇場「堕天使の涙」「タランテラ」
両年とも2月から始まっているのに、2001年は7公演、06年は9公演である。2001年の段階で、既に東京宝塚劇場も博多座もあり、以前に比べたら公演数はかなり増えていたと思われるが、2006年はさらに「Young Bloods!!」が並行している。これでどういうことが起きているかということだが、たとえば『ベルサイユのばら』が大劇場から東宝への空きが十数日しかないことからもわかるように、個々のスケジュールがきつくなっていることが一つ。そして、全国ツアー、バウが3公演、それに加えて「エンカレッジ」と公演数が多くなることで、本公演以外の出演者数が極端に少なくなっていること。もちろん、公演数が増え、出番が多くなることは、劇団員にとっては喜ばしいことだ。ぼくが見始めたころ、星組の万里柚美さんは本公演以外あまり出演がなく、なかなかご尊顔を拝することができなかったことを思えば、隔世の感がある。舞台人は、ナマの舞台で観客の目にさらされてこそ成長するとは、よくいわれていることで、確かにそういう一面はある。しかし、休みなく公演があることで、成長期にある若手に稽古の時間が十分に確保されなかったり、故障を抱えている者が十分ケアすることができなかったり、また次作への役作りや読み込みが浅くなったりすることはないのだろうか。劇団側に劇団員を「在団中は使わないと損」というような消耗品意識がないと、言い切れるのだろうか。その結果として、一組を三分、四分して「切り売り」しているのなら、舞台の完成度も落ち、成長すべき若手の早期退団を助長し、故障を抱えた者が失意のうちに去っていくようなことになりかねない。
別問題としては、観客の財布がついていかないという問題もある。今年の雪組ファンは、本公演2本、音月バウ、全国ツアー、Young Bloods!!、朝海バウ、舞風ディナーショー、と立て続けで、おそらくそのすべてを見た人は稀有だろうが(ぼくは舞風ディナーショー以外全部観てしまった)、このことで、大劇場の空席が増えているということはないのだろうか。個々の公演の希薄化、公演数の増加で、ファンに食傷感があるのではないか。
それでも出演者にとっては、お呼びがかかるということは光栄なことであることは確かで、そういえば、『アルバトロス、南へ』の千秋楽の挨拶で、かわいい舞咲りんが「泣いてもいいですか…」とボロボロになりながら、自分がアルバトロス組だという発表を見たときの感激を語っていた。同様のことが同時に「エンカレッジ」にもあったわけで、皆それなりに喜んだに違いない。まさか「アルバトロス」に出られなくて悔しがったなどとはいうまい。
なぜこんなことに気づいたり、調べたりする気になったかというと、遠慮せずに書くが、今年8月の雪組の「エンカレッジ」から、今一つ充実感が感じられなかったからなのだ。ぼくが観たのは千秋楽で、たまたま運良く星組も宙組も千秋楽に観ているので、公演期間の短い「エンカレッジ」とはいえ、いや、短いからこそ、千秋楽の盛り上がり、充実は鮮やかである。多くの者が千秋楽の挨拶の中で、わずか3日間、5公演ぐらいの日程の中で得たもの、変化、成長はめざましいものがあったというようなことを口々に、感に堪えない様子で表わしていく。宙組の時など、スタンディング・オベーションの客席を見て涙ぐむ出演者の姿に、またこちらももらい泣きしそうになる、という具合の高揚ぶりだった。その同じ千秋楽を観て、この感動の小ささは何だろう、と思ったのがきっかけである。
話をそらすようだが、一つの原因は、この雪組エンカレッジには吉崎憲治の指揮がなかったことだ。バンドのベーシストだったかが指揮役を務めていたが、やはり出演者の安心感や出演者への影響力という点では、吉崎をおいて他に適役はないだろう。吉崎が指揮をしているときは、歌手へのタイミングの指示やバンドのまとめはもちろん、袖のカゲコーラスへの大きなアクションでの指示を含め、要するに舞台全体のことは吉崎に任せて、出演者は歌ってさえいればよかったといっても過言ではない。それが吉崎がいないために、歌うだけでなく様々なことに気を配らなければならない。大変いい勉強になったこととは思うが、精神的な負担は相当大きかっただろうと同情はする。
一人ひとりの歌を思い出してみると、決してレベルが低かったわけではないようにも思う。順に簡単に振り返ると、柊巴の「Love Changes Everything」は、声の絞りがうまく、ドラマティックな歌い方だと感心したし、大月さゆの「命をあげよう」は声に張りがあり、メリハリも効いていてすばらしかった。桜寿ひらりの「Cabaret」は、かわいい声で聴く者を引き込む魅力があったし、純矢ちとせの「踊り明かそう」はまっすぐないい声で、スケールの大きな華やかさに目を見張った。花夏ゆりんの「Somewhere」の透明感には聞き惚れたし、夢華あやりの「On My Own」は高い地声が魅力的で強さがあった。大凪真生の「未来へ」はやわらかい歌い方が魅力的で、ここぞというところのパンチ力がつけば大化けしそうに思えた。早花まこの「La Pastorella」はオペレッタからの曲だそうだが、とにかくうまい上に、小柄なのに長い腕がきれいに動くステージングも魅力的だった。母音の音の移りがとてもきれいだったのも特に印象に残っている。晴華みどりは押しの強いいい声なのだが、もう少しリズムに乗った躍動感がほしかったところ。こういうところで、吉崎がいればと思わせられたのだ。山科愛の「Think of Me」と沙央くらまの「最後のダンス」は、ちょっと精一杯だったような感じを受けた。
あえて比べれば、宙組のそれには、激しい盛り上がりがあった。宙組は第二部に入ってから、天風いぶきの懸命な「世界のどこに」に打たれ、花露すみかの「夢とうつつの狭間に」のドラマに感動し、暁郷の「そして今は」で盛り上がったところで和音美桜「千の風になって」でノックアウト。和音はいつも強く硬い歌を歌っているので、そういう歌が合っている人なのかと思っていたが、ここでは違った。彼女の歌声は風になって、霊になって聴く者の心に入り込んだ。その後は、この時既に退団を決めていたはずの白峰さゆりの絶唱「On My Own」、葉室ちあ理の「私の真の愛」では『ファントム』のありうべき情景が想像できたし、『モーツァルト』メドレーの形となった美風舞良・風莉じん「愛していれば分かり合える」、大海亜呼「ダンスはやめられない」は実にドラマティックで、こんなにすばらしいミュージカルだったかと思い返させるような力を持っていた。花音舞の「命をあげよう」などは、おそらく歌っている当人が自分でも驚くような力のある歌であり、『グランドホテル』でのフィナーレへと螺旋のようになだれ込むのを、何が悲しいわけでもなく、悲しい歌でもないのに、なぜか涙が流れてくるという状態で客席からスタンディング・オベーションを送った。繰り返しになるが、ちょうど正面に立っていた花音が舞台の上で涙に暮れているのを見て、またもらい泣きをするという次第であった。
雪組も悪くはなかったのだ。ただ、吉崎の不在(代わって音楽監督は西村耕次)ということによる負担が舞台を少し萎縮させてしまったことに加え、おそらく何かが足りなかった。そのことに、以前はオーディションでメンバーが決められていたこともあったのに、今は劇団から発表されるようになっているということが関係しているのかどうかはわからない。
ただ、まだ気になることがある。まずは、だんだん歌う曲が限定されてきてしまったこと。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『エリザベート』の名曲もいいのだが、他にも優れたミュージカルの名曲はたくさんあるし、宝塚の過去の埋もれた名曲も発掘してほしい。何より、同じ曲を別の歌手で聞かされると、どうしても比較してしまうことになり、素直に楽しめなくなってしまうことがある。同じ曲が繰り返されるのは、出演者の意向によるのか、音楽監督のアドバイスによるのかは知らないが、それこそ劇団挙げてでも、選曲に工夫を凝らしてほしい。もしまた数年後に三巡目を行なうことがあったら、ぜひ検討してほしい。
もう一つ憂慮しているのは、雪組の曲目に、二曲も宝塚ソングが入っていたこと。第二部のオープニングに全員で「タカラヅカ・グローリー!」、これはまだ全員のコーラスによるもので、華やかな曲だから、わからないでもない。しかしトリ前が晴華みどりを中心にして「清く正しく美しく」というのは、ちょっと驚き、しらけた。別に悪いことではないし、晴華自身が選んだ曲だったのかもしれないが、どことなく式典で国家を斉唱せよと言われるのと同じような違和感があった。
そもそも一人のトップスターの進言から始まり、組の中で自発的なオーディションまでして出演者を選び、出演者が歌いたい歌を歌った、という、宝塚の美点を凝縮したような公演であったのが、どうも徐々に定式化して劇団の管理下に置かれ、あまり風通しのよくない窮屈なものになってしまうことの予兆が、この雪組公演にあったのなら、大変悲しいことだといわざるを得ない。続いて行われた宙組公演がそうでなかったので安心はしたのだが、それも吉崎の音楽監督、岡田敬二の構成・演出という重鎮の存在があってのことで、また雪組のように中村暁の構成・演出、西村の音楽監督となったら、「官製エンカレッジ」という路線で進んでいくのだろうかという懸念は拭いきれない。ただ、以前に比べると、「エンカレッジ」で絶唱を披露した者が本公演などで歌の大きな場面をもらうことが多くなっているように思う。それは大変喜ばしいことなのだが、逆にエンカレッジで失敗した者に烙印を捺されるようなことになっては大変だ。そもそもエンカレッジとは、出演者をエンカレッジする(勇気づける)という意味で、皮肉な意味も込めていうが、非常に宝塚らしい内輪向けな命名であるそうだ。仮にも舞台人である以上、聴きに来てくださるお客様をエンカレッジする舞台という意識であってほしいもの。その結果として出演者がエンカレッジされる、というのが筋であろう。それはさておき、二度目の専科「エンカレッジ」の早期実現を願うと共に、三巡目があるのなら、あまりこの公演がぎすぎすしたものにならないことも願いたい。(2006年12月 『宝塚アカデミア』28・最終号掲載)