奇妙なブームは去ったとはいえ、みんなタンゴが好きみたいだ。一流のクラシックの音楽家たち―ヨーヨー・マやクレメルもピアソラにトリビュートした、いいアルバムを出している。
京都を中心に活動しているアストロリコの面々、特にバンドネオンの門奈紀生を聴き、その演奏する姿を見ていると、まずそのカッコよさに言葉を失う。ダンディということ、流儀(スタイル)を持っていること、その上で男が女を、女が男を蕩し込むための手練手管が交錯している。音楽はその掛け引きを円滑にまたはいっそう悲劇的に進めるための潤滑油の役割を遺憾なく発揮する。
アストロリコを知ったのは、元宝塚歌劇団花組のトップスター、大浦みずきの「Che Tango '99」(7月11日、宝塚バウホール。構成・演出=酒井澄夫)でだった。大浦は宝塚歌劇団の現役時代、リンダ・ヘーバーマンの振付作品を主としたニューヨーク系のシャープなダンスを特に得意とし、「ダンスの花組」を形成していた。そのダンスは確かに素晴らしいものだったが、どちらかというとキレが先に立って、艶っぽさの面でいくぶん欠けるように思えていた。だから、少し前から彼女が(女性ダンサーとして)タンゴに没頭していると聞いて、やや意外に思っていた。
大浦のタンゴは、初々しさに満ちていた。タンゴを始めて何年もたっていないというだけに、ステップはあまり複雑にせず、どこかしら注意深い、いい意味での臆病さ―大きく困難なものに向かうのだという敬けんさのようなものが仄見えていたのがよかった。それが、出会ったばかりの男と女の初々しいかけひきのような微笑ましさをたたえていたのが、何よりよかった。ペアを組んだフリオ・アルテスの好リードも見逃せない。
さて、この公演は何人かの振付家による競作でもあったのだが、「パリのカナロ」や「ラ・クンパルシータ」でシャープな構成を見せたケンジ中尾は、いささか旧聞に属するが、「AtmosphereU」と題するそのカンパニーを中心とした公演で、紫ともという宝塚歌劇団元トップ娘役とタンゴ「ASHITA」を踊った(5月30日)。これは大浦のともまた違った空気で、一種のスリルに満ちた、いいステージだった。退団して数年たつ紫はますます匂い立つように美しく、ここから男と女の新しい人生が始まってしまいそうな予感に満ちたドラマチックなタンゴだった。中尾の動きのスピードとキレ、他の作品で見せたジャンプの力強さも改めて特記しておきたい。
最後まで宝塚でいってしまおう。シアター・ドラマシティ初演で、神戸こくさいホールに所を変えて再演された月組「ブエノスアイレスの風」(7月18日。作・演出=正塚晴彦)は、主演の紫吹淳のタンゴのステップが男と女の明日への夢と不安をシャープに描いて痛切だった。かつて反政府運動のゲリラだった男が特赦を得て店で踊っている。相方と一緒に有名な楽団のオーディションを受けることになったその日に、昔の仲間のアクシデントに巻き込まれる……。タンゴがドラマそのものであり、タンゴが時を盛り上げ、尖鋭化させていく。背を反らした肩越しに地面を見つめる斜めの姿、視線、表情、影……紫吹のすべてが、この大きなドラマのエッセンスとなった。(P.A.N.Press掲載)
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