安寿ミラ・インタビュー

 1997710日、演劇情報誌「JAMCi」で行った、「ダイヤルMを廻せ」の情宣用インタビューの模様です。インタビュー当日、ヤンさんは、黒いワンピーススタイルのドレス。ホテル阪急インターナショナルのバンケットルームでのインタビューです。記者会見、他社のインタビューと続けての取材日だったようで、ちょっとお疲れだったかもしれません。40分の予定で、はじめの30分をインタビュー、10分を写真というつもりにしていたのですが、インタビューが終わる頃、ヤンさんのお腹がクークー鳴っていたのが、なんだか可哀相だったり、かわいかったりしました。

ドラマシティ 宝塚を退団後2作目のストレートプレイで、今回ミステリーが続くというのは、何も意図したわけではなくて、本当はタイプの違うコメディとかラブロマンスとかも考えたんですが、たまたま調査不足で適当な作品が見当たらなくて、ワンオヴゼムであった「ダイヤルMを回せ」を、日本初演ではありませんけれど、やることになったわけです。

 (日本の演劇界であまりミステリー作品が上演されていないことの概説)

 クリスティのミステリーというのは、私見かも知れませんが、最後のドンデン返しが面白いんであって、そこに持っていくための展開は、そんなに面白いものではない。今回のダイヤルMは、ヒッチコックが映画にしたぐらいですから、演劇として、サスペンス劇としての結構がきちんとできていて、俳優としても心理的な会話のやり取りという点でやりがいがあるだろうということから進めた、ということです。ミステリーが続きますが、ミステリーをやりたいとか、安寿さんをミステリー女優にしたいとかいうことではなくて、ミステリー劇が日本のエンターテインメントである演劇の中で、空白の部分だと思っているんです。そこで、今後もやっていきたいと思っています。そういうことを踏まえての「ダイヤルM」です。

 

J はい。では、よろしくお願いします。

ヤン よろしくお願いします。

J 昨年の「検察側の証人」ですが、最後にやはりドンデン返しがあって、

ヤン はい。

J それが2回ぐらいあるような気がしたんですけどね。そこが一種のヤマっていうか、一番最後にヤマがありますでしょ?

ヤン はい。

J 推理劇で最後にドラマティックなシーンが用意されているということで、何か違ったところで苦心される点はありますか。

ヤン いや、ないです(笑)。面白いです。

J そこへ持っていくために真ん中へんは押さえておくとか。

ヤン そういうことはしてないです、はい。

J 「検察側」のときは緊張してガチガチだったというようなことをどこかでおっしゃっていたようですが、今度は「自由に、自然に」というコメントがありますが、具体的にはどういう感じなんでしょうか。

ヤン あの、前回はやっぱり一人外国人の役で、ドイツ人のしかも元女優っていう役で、しかも真犯人を知っててそれをかばうというお芝居をしなくちゃいけない、裁判劇だっていうこと、いろんな要素ががんじがらめに私をしてたっていうか、それでなくちゃいけなかったんですけど、今回はそういうの全く全然なしで、普通のいいところの奥様が犯人も知らないまま殺されそうになって、正当防衛で自分が逆に殺しちゃって、なんにも知らない人がそういうふうになっていく。前回とは全く、役柄が全然違いますね。要するに、女優でお芝居をしてる人の役、こっちは普通の生活の人。だから普通に、自然に、もっともっと自然にやりたいし、できるんじゃないかなと思ってはいるんですけど。

J この1年間いろんなことをやってこられたことで自由にできるということもあるんでしょうか。

ヤン そうですね。ずっと男役をやってまして、女優になって2年ちょっとなんですけど、だんだんこう、女の立ち居振る舞いっていうんですか、やっと自然になれたかなっていうのもありますし。

J やはり「男であらねばならない」と、以前はずっとありましたか。

ヤン はい。もちろんそうですよ。特に私はもう男役でも男に見せたかったほうなので、ありとあらゆる男優さんを見て、すごい研究したほうなんで、それを全部今度は逆に捨てなくちゃいけなくなったんで。

J じゃあ、今は逆に女優にならなければならないっていうか、そのような形で意識されますか。

ヤン いや、特にはないです。元が女性ですから。皆さん普通でも女優みたいに面白い人生なんで、それぞれがね。あの、なんていうのかな、特に女優だからっていうのはないです。ただ常にこう、いろんな役に染まれるように、なれるように感性だけは磨いとかなくちゃなっていうのはあります。

J 退団後、意識して何か勉強されたこと、今でもされているようなことはありますか。

ヤン そうですねぇ、意識して?

J まあ、ちょっと失礼な言い方ですけど、ここのところが弱いかも知れないからちょっとやっていこうとか。

ヤン えーっと、そうですねぇ、あの、お芝居だけじゃなくて、やっぱり、ミュージカルもショーもやってるんで、男役の踊りと歌と全く違うものなんで、あえてボイストレーニングで声の幅を広げたり、ダンスもやっぱり男の踊りをやってて、肩とか背中が硬かったんで、女としての踊りができるようにやらなくちゃっていう意識はあるし、あと、英語の歌を歌うことが多いんで、ちゃんと英語に聞こえるように、稽古はしてますけど。

J 小さい頃からバレエをしてらして、その時点では女性としてのバレエのお稽古をしてらしたんでしょ。

ヤン ええ、そうですけども、うちのバレエ団って、宝塚のファンが多かったんで、先生もそうで、男役っていうのもやってたんですよ。

J そうしたら、男の踊りというのは、宝塚だけで身につけたわけではないわけですか。

ヤン でもやっぱり、本格的に身につけたのは宝塚ですね。

J 宝塚で十数年間ですね。

ヤン はい。

J やってらして、身につけたものを、言ってみれば捨てるような形になるわけですか。

ヤン 捨てるともったいないから(笑)、十何年もやってましたから。ちょっと置いといてっていう感じ。捨てはしません。

J いま公演中の「Female」でも男のダンスがありましたが、拝見すると「ワァーッ」て、「カッコイイー」って。

ヤン (笑)

J そう思う部分もあって、でも今のヤンさんは女優のヤンさんなんだから男のダンスばかり喜んでちゃいけないんじゃないかなとかね。

ヤン ファンの人の中にも葛藤があるみたいですね。いろいろね。もちろん本人もそうですし。あのー、どこまでやっていったらいいのかっていうのは、誰にもわからないわけですから。

J そのあたりはどうなんですか、絶対私は男のダンスはしないとか。

ヤン そう頑ななのは今のところないです。

J そういう部分も含めて自由に。

ヤン はい。

J 歌、ダンス、演技、とその中ではダンスを中心に置いてらっしゃるようなことをいろいろなところで読みますが。

ヤン と言うか、一番キャリアが長いのがダンスなんで、何というか、生活の一部みたいに思ってきたんで、あえてこう挑戦とかじゃないんですよね、ダンスの場合。歌とかお芝居だったら、こういうお芝居やったことないとか、ここまで声出るんだっていうようなあたらしい発見っていっぱいありますけど、ダンスはなんかそういうものじゃないんですよね。自分にとってダンスは。うん。

J あたりまえ?

ヤン あたりまえですし、なんか楽しいことつらいことっていうのを、全部ダンスでわかってきてるから、踊る楽しさと苦しさとか、楽しさしかないですけどね。だから挑戦とかとはまた全然違う、生活の一部っていうか、からだの一部みたいな。

J でも、からだがきついこととか、ありませんか。

ヤン ありますよ(笑)。

J そういうのは、苦しいのではない?

ヤン ああ、でも、そのときは苦しいですけれども、それでお客さまに喜んでいただけると、一番うれしいですね。やっぱり、舞台人ですからね。お客さまあっての舞台ですからね。

J そういう意味では、ずーっと、人に見られるダンスを踊ってらっしゃるわけですね。

ヤン はい、はい。

J そういうところでやっぱり、ふつうの、なんていうか、街のダンサーとは違いますね。

ヤン 街のダンサー(笑)…、そうでしょうね、たぶん。必ず、人の目っていうものを意識した踊りでしょうね。

J この間、宝塚の振付をなさいましたね。

ヤン はい。

J 「Female」でもステージング、振付…ステージングっていうのは、どういうものだと考えればいいんですか。

ヤン えーっと、要するに歌振り、間奏の中における自分の動きとか、相手の動きとかまわりの動きとかを構想していくんですね。

J もちろんヤンさんご自身に対してのステージング・振付もあると思いますけど、

ヤン はい。

J 他の人に振り付けるということもなさってますね。

ヤン 今回ですか? 今回は一応構成を全部自分でやったんで、ここで花びらを落としてほしいとか、ここでナイフを持った人が上から出てきてほしいとか、そういう構成っていうのを全部やりましたんで。

J 宝塚ではいわゆる振付を。

ヤン この間の? 

J 「君に恋してラビリンス」

ヤン はい、それはもう振付です。

J そういう人を動かすっていう場合のご苦労ってありますか。

ヤン えーっと、やっぱり、絶対的に一観客として見て動かさなくちゃ、自分の自己満足だけで動かすことは絶対失敗すると思ってるんですね。私の考えとして。だから観客として見てすごく面白い動きになるのはどういう動きかとか、ここの空間でどこに誰をどう置いたら一番きれいに見えるかとか面白く見えるかとか。そういうのをニューヨークの舞台とかを見てくるとすごく勉強になるんですよ。

J 振付っていうよりも全体の構成に重きを置いてるっていうことですか。

ヤン 構成…もちろん、振りもその中に入ってます。ここでこういう動きが視覚的に入ると面白いだろうなとか。ただ振付だけをしてるんじゃなくて、絶対観客の目で見て、こういう動きを観客は見たがってるだろうなっていうのを絶対頭に入れて振り付けなきゃ、ワンパターンになっちゃいますからね。

J ヤンさんご自身、ダンスの名手として、

ヤン いえいえ。

J 人に振付とか指示とかしてて、イライラすることとかありませんか。

ヤン イライラですか?

J どうしてできないんだろうとか。

ヤン いや、それは自分も通ってきた道ですから。面白いですね(笑)。

J ありがとうございます。

ヤン そんな、イライラは。まだ1回しかやってませんし。

J みんなすごく一生懸命だっておっしゃってましたね。

ヤン 一生懸命でしたよ、本当。生徒は。やろうとする、こう、もう、できなくても絶対がんばろうという気持ちだけでもうれしいな、と思いましたね。

J ちょっと戻りますが、「ダイヤルM」で共演される皆さんは、いわゆる小劇場演劇の方たちなんですけれども。

ヤン はい。

J まだお顔合わせとかは。

ヤン はい、ないです。

J なんか違うかなっていうようなことはありますか。

ヤン 楽しみですね。どんなお芝居をなさるのか。

J 前のときは商業演劇の方が多かったんですね。

ヤン そうですね、はい。

J ちょっと違うかも知れない、という感じですか。

ヤン ええ、違うと思います。

J 先入観とか、ありますか。

ヤン いえ、全然知らないんで。

J 「ダイヤルM」で、ヤンさんご自身、役づくりについて、どういう彫り込み方をしていこうと思ってらっしゃいますか。

ヤン 彫り込み方?

J あのね、「検察側の証人」の最後のほうで客席から出てらっしゃったことありましたよね。

ヤン はい、はい。

J あの現れ方っていうのが、神々しいというか、光を発してるような印象だったんですよ。ああいう人物造形ができるというのは、いったい

ヤン (笑)

J どういうことをやったんだろうと。

ヤン なんにもやってないです。もう、ほんとに自分でなりきるしかないんで。

J なりきるタイプ?

ヤン なりきるタイプ。なりきるっていうか、なっちゃう。自分は元女優のドイツ人よ、みたいで(笑)。

J 昔から?

ヤン 昔からそうです。宝塚のときもそうです。私はブラックジャックだ、とか。

J そのためには、どうされるんですか。何度も読むんですか。

ヤン あんまり読まないですねぇ。もう、自分の第一印象っていうか、自分の感性でやっちゃうほうなんで、パッとひらめいたら、それで。決して私、読みは深くないんですよ(笑)。あんまり原作何度も何度も読むタイプじゃないんですよ。台本は読みますけどね。なんか行き詰まると台本読み返すと、こう見えてくるものがあるから。台本のト書の、もう隅々まで読むほうなんで。

J そうすると、私生活まで変わっちゃうんですか。

ヤン いや、あんまり変わんないです。

J ダンスをやってらっしゃることで、女優としての演技によかったなと思われること、ありますか。

ヤン やっぱり、立ち姿とか。立ってる姿、立ち姿ですね、それがきれいだとか言われますけれども、それはダンスしてなかったらきっと、そこまでは言われなかったんだろうなと思います。

J ストレートプレイとかでも、ほんのちょっとした腕の返しとか肩の入れ方とかがすごくきれいだなぁと思ったりしました。

ヤン ああ、そうですか。

J 退団後いろいろ、ミュージカル、ストレートプレイ、振付、それから作詞?

ヤン 作詞、そうですね、作詞、訳詞。

J とか、いろいろやってらっしゃいますけれども、とみに最近は順風満帆っていう感じがするんです。

ヤン いや、そうじゃないですよ。自分でやるって決めたからには、中途半端な女優になりたくないんで、やっぱり宝塚上がりね、とか言われたくないんで、いろんな、宝塚の人では無理かなと思われるようなことも、全部やっていきたいなというのが頭からあったんで。やっぱりやるとなったら女優は女優ですからね、いくら元宝塚、元男役ってついてても、出たらみんな同じ女優ですから、やっていかなきゃいけないことですしね。

J 宝塚をお辞めになるときに、まあいろいろありましたよね。

ヤン ああ、地震ですか。

J やっぱりそれで、またやろうということになったんでしょ。

ヤン はい。そうです。

J 震災がなかったら、本当に何もやってらっしゃらなかった。

ヤン はい、やってなかったと思います。

J 震災があって、サヨナラ公演が中断でああいう形になった。それでなんですか。

ヤン いえ、もっともっといろんなことがあって。ほんとにファンの人の声だけでやる気になった。というのは、私のサヨナラ、一番最後の舞台を見れずに終わっちゃった人とか、切符はあるのに交通機関がだめになっちゃって来れなかった人とか、飛天でやることになって行けなくなった人とか、いろんな、とにかく私の最後の舞台を見れなかった人がたくさんいるんですよ。それで、サヨナラショーもできない状態だったのに、ファンの人の署名とか嘆願書でサヨナラショーが大劇場で二日間だけどできるようになった。すべて、もう、ファンの人の力で安寿ミラが最後まで宝塚に生きられたっていうのがあったんで、サヨナラショーできました、ハイ、さようなら、といって消えてしまうんじゃあ、あまりにも、切符だけを残した人に対して自分勝手じゃないのかな、っていう思いもありましたし、もっとヤンさんの舞台が見たかったっていう、すごい量の手紙をいただいたんで、じゃあ私がファンの人に恩返しできるのは、舞台を続けていくしかないんじゃないかと思いまして。

 でもやっぱり宝塚が好きなんで、男役が好きだったんで、これで女優になるというのは、さっきも言いましたように、相当、中途半端な気持ちじゃ絶対に失敗するなと、いろんな先輩方のも見ても思ってましたし、女優になるんだったら完璧に女優になんなきゃ、絶対生き残れない厳しい世界だっていうこともわかってましたんで、すごい迷ったし、自分の中でも葛藤があって、半年間はとにかく考えようということになって、辞めて半年間何もしなかったんですよ。とにかく宝塚と訣別をまずしなくちゃいけないし。で、女優として何をしなくちゃいけないかというのを身につけなきゃいけないという期間がほしかったんで、それでやっとできるかなという気持ちになって、始めたんですけど。

J その半年間は、何をしてらしたんですか。

ヤン やぁもう、旅行に行ったり、とにかくリフレッシュですね。十何年間の疲れをとろうという。

J 震災前の退団会見のときには、もうからだもボロボロだから、とおっしゃってましたよね。

ヤン ほんとにボロボロだったんですよ。肋骨は折れてたし痩せ過ぎてたし、自分のからだであって自分じゃないような感覚でして、なんかフラフラの状態でサヨナラショーとかやってたんで、このまま、そのまんまで舞台を続けることは絶対無理、普通のからだにとにかく戻さなきゃ、舞台ってすごい重労働なんで。そういうのもやりたかったし、宝塚しか知らない、私は世間知らずだったから、半年間じゃ無理ですけれども、世間のこともと思いまして、すぐに外に出ると絶対よくないって、自分でわかってましたんで、しばらく世間の風に当たって、それから改めて芸能界に入ろうと思ったんです。

J われわれとしては、いわば震災のおかげで再びこうして舞台のお姿を見られるようになったわけですね。でも、本当に不安だったんじゃないでしょうか。

ヤン もちろんそれは、自分はもう宝塚以外にはやっていけないと思ってましたからね。とにかく宝塚に入りたいのが夢でしたから、それでトップまでさせていただいたから、もうそんなに望むこともないし、何にもほんとに考えてなくて、退団後のことは、だけどやっぱり、半年でも待ってくださってたっていうことが、すごくうれしかったですね。

J そうして今は貪欲っていう感じがするんですが、

ヤン うんうん。

J やっぱりやり始めると次々にっていう感じですか。

ヤン そうですね。そう思います。それもでも、地震の関係もあるんですけど、女優だからこれをやっちゃいけないとか、振付をやっちゃいけないというのは、今の時代はもう、考えなくてもいいんじゃないかと思って。ほんとに人生、急に地震がきたり、何が起こるかわからない時代なんで、もうとにかく、やれるときにやりたいことはやっておこうと。それで自分をだめにしちゃっても、後悔するよりは、何でもやっておこうかなって、思いましたしね。振付とかは、ずっとやりたかったから。

J ミーハーな質問で恐縮ですが、初めて男の人とお芝居とかね

ヤン はい(笑)。

J リフトとか、いかがでしたか。

ヤン お芝居はそんな、戸惑ったりしなかったですけど、リフトがやっぱり、ずーっと持ち上げるほうでしたからね。遠慮してて、最初。遠慮するとかえって重いとか言われて、ドンと来てほしいとか言われて。それは苦労しましたけど。

J スカートとか

ヤン ああ。

J 普段はいてらっしゃいましたか。

ヤン いや、一回もはいてなかった。ずーっとパンツでした。破りましたね、スカート、最初のうちは。

J 次に何かやってみたいと思ってらっしゃることはありますか。

ヤン 次ですか? うーん、いや、こういう次々にいいことっていうか、いい作品に恵まれてるんで、大きな望みはないです。

 

1997/7/10 ホテル阪急インターナショナル

インタビュアー=上念省三

 ホームへ戻る  
Copyright:Shozo Jonen,1997=
上念省三