態変


作・演出・役者は身体障害者のみで構成し、「障害者の身体そのものに最大の表現力がある」として金満里らによって結成。「指一本動けば自らと宇宙を表現できる」という考えのもと、活動を行っている。'83年「色は臭えど」京都・大阪連続公演で旗揚げ。'92年ケニア公演、'96年には、エジンバラフェスティバルフリンジ'96に参加。

制約ゆえの広がり−態変「夏至夜夢」から

当日少々時間があったので、何を思ったか、はるかOBPの方から歩くことにした。地図にしたがって大阪城新橋を渡り、野球場を左に折れればよいところを、右に曲がってしまったので、まあ一言でいえば大変な遠回りをすることになった。ライトアップされた天守閣を右手に見ながら、ぼくは道に迷ったわけではないのに、市民の森と呼ばれる森の深さと、闇の深さ、といっても所詮は大阪の街の闇なのだから漆黒ではなくネオンやライトアップやガスに薄められた曖昧な闇なのだが、にすっかり憔忰していた。そうしてたどり着いたテントは、そこで待つのが魔物であれ天使であれ、大いなる安らぎの地であることには違いなかった。

態変がシェイクスピアを取り上げると聞いて、前作『マハラバ伝説』を運悪く見逃していたこともあって、ストーリーという枠組みに、態変の役者たちがどう取り組むのだろうかと思った。今さらだが、態変の魅力の一つに、逸脱している身体が持つ力を最も効果的に表現しているということを挙げてよいだろう。健常といわれる状態から逸脱している身体、<身体障害者>はこうしていなさいというようなくびきから解放されようとしている身体の力を、ほとんど攻撃的と思われるほど奔放に見せつけるところに、態変の真骨頂がある。これが従来の態変観である。そのためには、態変の役者たちはその身体の状態そのものであることだけでじゅうぶんで、ことさら筋書きやフレームは必要ないと思われた。

そのように、そのものである身体から再逸脱する、というと正確ではないが、固有性をそなえた身体そのものでありながら、自律的に変幻する身体であることを獲得した数少ない存在の一人が福森慶之介だったわけで、それは舞踏家・栗太郎との共演などでじゅうぶん認知されたのだが、彼が今回パックを演じたのは的確だった。彼の動きが自由自在に見えるのは、何も態変の中での比較によるものではなくて、身体という制約の中で本当に動くべき動きを動けているからだったことに改めて気づくことができた。

福森のありようから敷衍するのだが、態変がシェイクスピア劇を演じたことの最大の功績は、シェイクスピアが人の心や身体の不自由さを、正面から描いていたということに気づかせてくれたことだ。たとえばヘレナ(井上朋子)がディミトリアス(橋本雅敏)の足に取りすがり、ずりずりと引きずられていくところ、橋本が井上を引きずる動きの形が、邪まな恋の激情によって身体が思いの通りに動かないという様を表わしているようだったし、その無茶で奔放な思いが抑えきれないものだということが改めてよくわかった。もちろんヘレナのがむしゃらにすがりつく身体の形も、不適当な言い方に聞こえるかもしれないが、その格好悪さそのものが切迫した思いの直接的な形容であったようで、鋭く印象に残っている。

セリフがないことで、逆に表現としての身体の直接性が強調されたことも、この公演の大きな収穫であった。もちろん事前にこの劇のあらすじは知っておいたほうがよかったかもしれないが、そうでなくても、男と女が追いかけたり逃げたりすることの喜劇性と深刻さが余すことなく表現されていたことで、このシェイクスピア劇は確実に新たな地平を切り開いていたといえる。もちろんその直接性を獲得するためには、態変のメンバーの個性的な身体がうってつけであったわけだ。

おそらくここで態変のメンバーの身体は、劇を成立させるための戦略的な武器として用いられた。このことが態変がストーリーのある劇を上演するようになったことの、最も大きな意義ではないだろうか。先にも述べたように、彼らはその身体の個性/特異性を衆目にさらすことで獲得する攻撃性を正面に押し出すことによって、強い存在感を勝ち得ていた。身体そのものの、素材としての衝迫力を生かした作品展開だった。しかし、今回の作品では、その衝迫力を他のこと、たとえば他の人物像の造型や関係(コンタクト)の不可能性を表現するために存分なく生かすことができていた。

そのようなそれぞれの個性的な身体から見えてきたものは、人というものは身体にも心にも不自由さを抱えているものなのだなという感懐であったり、人は求めるものをたやすくは手に入れることができないのだなという希望ともなりうる諦念であったりした。これはおそらくシェイクスピア劇のみならず、この世のドラマというものの本質を言い当てている。その表現方法として、態変が態変であることの魅力を全開した、上質なものだったといってよいだろう。

一方で、態変の役者たちの身体についても、これらの身体は、その固有の身体の制約の中で存分に、つまり動けるだけ動いているということが強く直接的に見えてきて、これが身体表現の出発点であり到達点であることを、強く感じたのだった。あらゆるダンサーは、自分の身体について、その制約(もちろん可能性でもある)に真っ向から向き合い、その限界を模索し、押し広げようとする。ここではその制約がきついだけに、押し広げようとする力が強い。その強さが舞台に満ちて、観る者に直接的に伝わることになる。この公演は、さらにストーリーや役柄の枠がかぶさり、強さを増すことになったわけだ。シェイクスピアという枠さえも押し広げることができたのだ。(イマージュ)


劇団態変の「Vortex Fusion うずまきまぜる」は、七福神の一人みたいな福森慶之介が他の二人(中尾悦子、的川哲也)に添い、働きかけるコミュニケーションの方法と方向性を提示しているようで、一つのお伽話のような愛らしい作品だったが、ステージが客席より高くフラットだったためにダンサーが横になってしまうと何をしているのか見えず、肝心なところが伝わらなかったのではなかったか、残念だ。(ダンス・ショーケース(パフォーマンス・アート・メッセin大阪2001731日 グランキューブ大阪)


 近ごろ、「よく動く身体」について考え込んでしまっている。不自由さ、動かないでいること、ブレーキのかかった動き……に魅力を感じる。視線が頽廃しているのだろうか。誇らしげに「よく動く身体」を見せられると、辟易としてしまう。動かないことを内部に対置していない動きは、無効なのではないか。

 昨秋の金満里「ウリ・オモニ」に続き、314日に彼女が主宰する劇団態変の「壷中一萬年祭」(大阪・TORII HALL)で、いわゆる身体障害者である不随意な身体の魅力にふれ、滑らかに動く身体が物足りなくなってしまったようだ。

 初めて態変の舞台を見た時には、身体障害者がおのれの身体をさらけ出しているという一事に目を奪われ、身体表現作品として観る余裕を持てなかった。しかし、障害という制約をもった個々の身体が、与えられた条件の中で全開のパフォーマンスを繰り広げているのを見て、たとえば舞踏の本質につながるようなありようを具えていることに気づく。特に、ダルマ・ブダヤ演奏のガムランをバックに両足を痙攣的に震わせ続けた木村年男、対照的に音楽を内に鎮めて緩やかな動きを耐えて見せた福森慶之介に目をみはった。

 今回様々な意味で注目されたのは、オーディションによってエキストラを計30余名起用したことだった。絶句するような、様々な障害をもった人々が、舞台を所狭しとうめている。下肢がほとんどない青年が両腕でスイスイと滑走したり、下肢に重い障害をもった青年がニコニコと舞台に在ることを満喫している様を、いとおしいと思い、美しいと思っていた。合わせて、異形性が本来的にもっている炸裂するような聖性に圧倒されていた。態変が表現者集団として徐々に認知されてきた過程の中で、失われてしまったかもしれない衝撃を再生させるためには、充分すぎるほどの迫力であり、これが現在のこの集団に必要なのだといえよう。エキストラの一人一人が、オーディションを受けてわが身をさらけ出すに至った思いの深さをあわせ、身体観を大きく揺るがす体験だった。(季刊ダンサート No.14 1999.5


 521日、一心寺シアター(天王寺)で劇団態変「ダ・キ・シ・メ・タ・イ!!」を見る。身体障害者自身による独自の舞台表現をめざす劇団であることは、既に皆さんはご存じだろう。障害のある身体でゴロンゴロンと、またズリッズリッと舞台を上手から下手へ、また下手から上手へと移動するだけで、観る者にはいくつもの複雑な感情が巻き起こる。身体に有徴性をあらかじめ備えている者たちにしか実現しえない空気である。

 彼等はあらためて徴しを、聖性を身につけようとする必要はない。ただレオタードを着、ナマに身体を人の眼に晒すことで、人間の持つ決定的な聖性を横溢させることができるように思っている。しかし、有徴性が聖性となるためには、いくつかのステップを経なければならなかったはずだ。その一つが、金満里によって自覚された「障害者の身体そのものに最大の表現力がある」「指一本動けば自らと宇宙を表現できる」という言葉の言語化という作業だったはずだ。

 彼等が自らの身体を表現することを楽しんでいるのを最もわかりやすく示してくれたのが、最後のサンバの場面だったようだ。内藤こづえもタジタジといった感じの、色鮮やかな渦巻きや布きれを身につけてサンバ調のリズムに身を踊らせる。ここで福森慶之介が、とても楽しそうな表情で、客席に向けて「いっしょに踊ろう」という眼をしていたことが印象的だ。彼は舞台から引っ込むときに、ぼくたちに手まで振ってくれたのだ。手を振り返せばよかったのだ。彼らの聖性を目の当たりにして硬直していた身体を解きほぐし、いっしょにからだを動かせばよかったのだ。(「JAMCi19957月号から)


 舞台の上に足で直立することができない女がいる。彼女は何も道具がなければ、腰から下をぺたりと地面に着けている。移動する必要がある時には、両手を地面に着けて体を浮かせる。二本の腕に力を入れて伸ばした時に足と尻は浮き、腕が求める方向へ少し動く。

男の四肢は曲がっていたりひきつって強ばっていたりして、彼の意思の通りには動かないようだ。黒子によって舞台の隅に「置かれた」彼は、体のどこかを地面に打ちつけて、全身を梃子にして、または腕を振り子のようにして、弾みをつけて側転することでほんの少し、いや思いのほかの距離を移動することができる。側臥の姿勢から高く上げた腕を振り下ろし、縺れた足をほどく形でいつの間にか、印象としては器用に、身体を裏返している。そのかん、彼の指は地を掃いている……何と書いているのですか……聖書を思い出す。

彼女も彼も、身体の地面に着ける部分が大きいから、地の響きに親しい。ぼくたちは何の意識もせず、さしたる体力も使わずに地を蹴って<歩く>ことで移動するが、彼女も彼も、移動するためには<方法>と力が必要である。自らの特殊性の様態や程度を見据えて、方法を案出せねばならない。ここにぼくたちの動きと決定的に異なる尊さがある。

その若い友人で<サリドマイド>とそれを呼ばれることだろう、肩口から指の突き出た男が現れる。彼は歩行には困難を伴わないが、友人たちのさまざまな言葉を聴くためにか、極端に腰を落として武士のように歩く。身体の重心を思う。彼の歩行は、地面に打たれる楔である。ぼくたちの歩行はただ地の表面を流れていく。彼は(友人たちと違って)<歩く>ことができることを意識するから、そのことに重い意味を与え、それが重心となって定まっている。

彼らの動きは飛翔や跳躍ではないが、それが詩でないとは言えない。裸のロゴスを地面に打ち込むような行為だと言えば、深くで詩であることになりはしないか?

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そのような場所に大野一雄という老人が現れる。その動きはここでは殊更に軽やかに見える。彼は子どもを愛おしむ母になり、布を使って女の媚態とやるせなさを見せ、女王のようにまた花魁のように布をまとう。そして斜め上方に向かって別れを告げるように手を振る。それがまるで老人のように見える。

そう、老人の<ように>見えると思わせるのだから、今年で九〇歳の彼は老人として存在しているのではない。「私のお母さん」と題されて十数年演じられているこのプログラムで、彼は生と死を往還して胎児であり少女であり、母である。彼に対して間違ってはならないのは、彼がそれを演じているのではなく、それらであるということだ。細部を突きつめて考えイメージを作り上げ、時間を変質させ、空間の色を変え、ぼくたちを巻き込んで何かになる。彼が対談などで披瀝するいくつかの幻視のようなエピソードは、故に彼にとっての真実であって、ぼくたちは舞台でそれを見せられている。それが彼の表現するという動詞なのだった。

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プログラムの最後に置かれた「宇宙と遊ぶ」というコラボレーションでは、腰がくびれて全身が「る」の字の形になった男が現れる。大野はその腰に腰掛けようとした。そんな無邪気をぼくたちがあらわすことはできない。大野が邪気なく振る舞えるのは、男を「宇宙をはおっているもの」または「宇宙の塵」として尊ぶからだ。おそらく彼は宇宙の生命についてとても敏感で、自らのありようと通底するものと体感している。三月に大阪で行われる「天道地道」について「宇宙自体の密声とは、思考の側から見る生命の姿でなく生命の中に秘んでいる魂に写った生命の姿」と寄せているが、その生命なり魂は彼のものであり、彼が態変の人々の中に見たものだった。おかげでぼくたちもそれを見ることができたのだった。

カーテンコールが終わって自力で引っ込めない態変のメンバーを、彼は最後まで舞台の後方に立って見守り、見送った。宇宙の休息を見守っているようだった。

参考=「現代詩手帖」大野一雄と身体言語(19926月号)、「イマージュ」(199512月号)