「宝塚アカデミア」連載記事です。ここには1418を掲載しています

 

 

1「星組の脇役たちが織りなす『エリザベート』」、2「にんの人の名場面――海峡ひろきの勝海舟」、3「優雅さはどこからくるのだろうか?」、4「娘役の誕生と再生」、5「『華』はどこへいった?」、6「花總まりの涙」、7「祭りのさなかに起きること――ノバ・ボサ・ノバとCrossroad」、8「舞台という夢魔」、9「レビューする心」、10「もう『生徒』とは呼ばない」、11「『マチュア』ゆえの魅力とチャレンジ」、12「「この思い、届いていますか?」」、13「唇を合わせないキス――倒錯のないベルばら」、14「あえかな美意識」、15「口ごもることから〜紫吹淳の魅力」、16「歴史的事実にどう立ち向かうか」、17「花の由来〜香寿たつきのために」、18「宝塚が混濁している」、19「自らドラマを創る力〜風早優の視点から」、20「歴史という誘惑」

宝塚が混濁している〜スポットが消えたあとで18

香寿たつきに続き、汐風幸、伊織直加も退団することになった。これでいわゆる新専科に残るのは彩輝直、樹里咲穂、初風緑と、別格扱いの轟悠だけとなる。もちろん彩輝も樹里も初風も一定の役割を果たして健闘しているとはいえ、匠ひびき絵麻緒ゆうのハロー・グッバイ、それに途中で新専科に加わった成瀬こうきの早期退団を重ね合わせると、やはり新専科という構想そのものに相当の無理があったといわざるをえない。

改めて新専科制度をふりかえって、しいて何ほどかのプラス効果を探るとすれば、一つには彼女たちをさまざまな組に自由に出演させられたということがあった。なるほど、『エリザベート』で樹里をフランツに当てることができたのは意義深いことであったといえよう。しかしこのことによって、その組で本来準トップや三番手にあたる者が、きっちりとそれらしい役に恵まれないという、重大なマイナスが生じている。もし花組の『エリザベート』に樹里が出ていなかったら、瀬奈じゅんがフランツ、そしてルキーニは誰に回っただろう。かつて星組で絵麻緒がルドルフを演じたところからあてはめれば、彩吹真央に回っていたところで、これまたひじょうに楽しみなことではあった。

たとえば瀬奈は、それでも博多座公演やドラマシティ公演もあったし、春野寿美礼の下での準トップ役には恵まれているほうだといえるのかもしれないが、『エリザベート』では樹里に準トップの役が回され、次の大劇場公演ではこれまた専科の轟悠の特出(主役)によって、せいぜいダブルトップの下での準トップ、実質三番手ということになる。どのような役どころが振られるのかはわからないが、これもまた新専科制度の影響ではある。

もう一つ、新専科の発足によって、彼女たちを外部出演させることができるということも、劇団はメリットの一つに数えていたように記憶している。特に最近の公演については、「宝塚アカデミア18」掲載の溝口祥夫や林優香子による詳しいレビューにほぼ網羅されており、改めて付け加えることはしないが、以前の香寿の『天翔ける風』以外に、格別の成果を日本の演劇界にもたらしたとは聞かない。これまでなら退団後に本人の気持ちの切り替えや周到な準備−−女優や女性歌手として再出発するための基本的な訓練など−−を経て経験するはずだったことを、在団中に、つまり男役のままで女優として舞台に立たなければならないことに、本人もファンも消化しにくい感情や感覚をもったのではなかったか。結果的に、技術的にも心がまえのような面でも中途半端で、たとえは悪いが、退職勧奨を行った大企業がその対象者に対して一定期間、再就職のための技術訓練を無償で行っているのと同列のような印象さえもったのだった。

そして今度は安蘭けいと、宙組に異動となった大和悠河の星組日生劇場公演『雨に唄えば』出演によって、準トップのあり方、外部出演の位置づけ、新専科の存在意義というものが、ますます希薄化ないしは混乱する。安蘭や特に大和を新専科に移すことなくこういう公演に出演させるということは、もちろんスケジュール調整という意味合いはあるとしても、新専科の実質上の解消を意味しているのではないか。そして中途半端な現役中の外部出演だけを、おそらくは風通しまたはリストラだけを図って存続させるということになった。

その結果、トップ争いの混濁化という奇妙な面白さと不安だけがかけめぐることになる。星組に汐美真帆立樹遥が移って、安蘭はどうなるのかと思っていたら、日生劇場で大和悠河と競演で、真飛聖も出演するとはいえ、星組としての求心力を増大させる配役になるとは思えない。新専科から返り咲いた星組新トップの湖月わたる檀れいは全国ツアーで、それに汐美は帯同するが、このことによって、新専科のメンバーがそうだといわれていたような、一公演ごとの緊張感は醸成・強化されるかもしれないが、そしてそれすらもケガ人の増加というマイナス面ばかり強調されてしまったが、組のピラミッドの求心力や組のカラーはますます失われることになるだろう。星組にとっては、星組出身の湖月のトップ就任は喜ぶべきことではあるが、その他のメンバーを見ると、ますます何組だかわからない状態が継続される。特にこの全国ツアーは、娘役は檀をトップに、叶千佳、琴まりえ、仙堂花歩と、やはり何組かわかりにくいとはいえ豪華な布陣だが、男役は汐美のほかは現在売り出し中の涼紫央、柚希礼音と、いささか物足りなく感じられる構成となっている。またここで、ずいぶん強引な配役が見られたりするのだろうか。新トップを迎える時には、できれば組全員が行動を共にできる公演からのほうがよいと思うのだが、よほどの事情でもあったのだろうか。

固定した組というピラミッドの中では、いったんいわゆる成績で順位が決まってしまうとなかなか競争は生まれない。音楽学校という制度に基づく成績という明確な順列を、それでも劇団はなんとかして流動的なものにしようと様々に活性化の試みを打ち出しているのだろうとは思う。五組にして頂点を増やすというのもその一つだっただろうし、おそらく入団後のテストの回数も増やされてきたのだろう。しかし、宝塚の頂点が各組のトップスターであるという一極集中的な意識を劇団も団員もファンも持ち続ける限り、トップ路線であるかどうかだけが男役の価値を判断する基準となり、そこから外れた者の意欲は著しく低下することになる。これは舞台の魅力の低下に直結する。いつも同じようなことを書いているが、トップ以外の者の存在意義を、劇団も本人もファンもじゅうぶんに承知できなければ、いっそう宝塚はやせ細ってしまう。

さて、ぼくは別に劇団の関係者でもないのだから、ただ今現在の舞台が豪華で面白ければいい、三年先、五年先の宝塚歌劇がどうなろうが、それは劇団の人たちが考えてくれればよい、という立場であっていっこうに差し支えないのだが、奇妙なことにこの宝塚アカデミアの筆者の皆さんをはじめ、ファンのほうは宝塚歌劇の将来のことを心配してかまびすしく議論を繰り返しているのに、劇団のほうがそれには無頓着のような今日このごろである。

このような傾向が明らかになってきたのは、やはり植田紳爾が理事長になってからではないかというのが、大方の一致する見方だと思うのだが、今年になって植田の作品を立て続けに見る機会に恵まれ、改めてその発想に一つの型のようなものがあることに気づかされた。言いふるされてきたことなので、今さらの感はあるが、やはり『春麗の淡き光に』で改めて思い知らされたのは、植田の作劇があまりにその場その場の盛り上がりだけを狙ったもので、劇全体を統一的に流れる一貫性にはまったく配慮されていないということだった。このような近視眼的な、ただ今さえよければいいという考え方が、彼の劇団運営の方針にも通じているようで、やんぬるかなと天を仰ぐほかはないと、痛感した。

この作品は、一九七三年に『花かげろう』というタイトルで上演されたものをリメイクしたと、プログラムに植田自身が書いている通り、ちょうど三十年前の「壮大な歴史ロマン」(植田)であるそうだ。ぼくはまず二日目に見て、どうにも演出がきちんとされていないようだと、残念に思った。それでなくとも小柄で華奢だという先入観をもたれている朝海ひかるは、どうやって大きさを出すかということが大きな課題だったはずで、ぼく程度の一ファンでも、それは『凱旋門』役替り公演の時から不安に思っていた。プログラムで植田は朝海のことを「宙組発足時から、『この生徒は将来の宝塚を背負ってくれるだろう』と期待して見守っていました」と、はからずもかどうだか花組時代はまったく注目していなかったことを露呈してしまっているのだが、とにかく、現時点では花組トップの春野と共に、朝海が宝塚の現在と直近の未来を背負わなければならないと期待されていることには違いあるまい。そのお披露目公演であるのに、たとえば朝海が一人で銀橋を渡る場面でまったく振付がなされてなかったのは、残念を超えて、理解できなかった。なんとか朝海の魅力を全開させ、存在感を強調するためにどうすればよいかと、劇団挙げて力を尽くすべき時に、これはなんとナチュラル(?)な見せ方かと、唖然ともした。もし植田が理事長職や何やらで多忙であったとしても、何人も若手の気鋭であろう演出助手がいながら何を見ていたんだろうと思い、もし彼らが何も言えなかったのだとしたら、それはいっそうひどいことだとも思う。同じプログラムの中でショー「Joyful!!」担当の藤井大介が「何がなんでも朝海のために頑張りたい」と述べ、また準トップの貴城けいについても「一生懸命朝海と舞風を盛り立てようとしている意気ごみがとてもうれしく思います」とたたえているのとは鮮やかな対照を見せてしまった。

『春麗の淡き光に』は、場面だけを取り上げれば印象的なエピソードがちりばめられてはいるともいえるが、それらもぼくが谷正純を否定してきた、肉親の情愛に基づいた究極の選択を強いるものであったり、保守的な制度や心性を強化する側に立つもので、現代演劇はこのようなものを排除してきたのにと悔しく思うものである。このことは『春ふたたび』の母親の描き方でも同様であり、それが脈々と『国境のない地図』や谷の諸作にも受け継がれていることにも驚くほかはなかった。そればかりか、保輔の心の動き、また弟の保昌の心境の変化を追おうとすると、うまく脈絡がつかない。保昌が兄の志は立派だったとしても盗賊になったことは恥辱以外の何ものでもないといって家名を捨てるうんぬんという下りは、ご都合主義というほかはない。もちろん人間というものは一貫性がなく、変節もし豹変もする。しかし、文学や演劇という表現の世界では、それらをどのようにかして解釈し、正当性を与え、そうせざるをえなかったことを悲哀として共に嘆いてきたのであって、このようにそのままほうりだすようなことはなかったはずだ。

ぼくは宝塚歌劇を見続けるにあたって、宝塚が現在の日本の演劇やミュージカルの世界の中で一定の価値や意義があることを信じて、他の演劇とも比較に耐えうる質であることを願っているのだが、こと植田の作品については、少なくとも現代演劇との比肩はあきらめている。植田には植田なりの、大衆芸能としての独特の位置づけや作劇哲学のようなものがあるのかもしれないが、歌舞伎ですらその多くが幕や段単位での部分上演が大勢を占めるようになってしまったことからもわかるように、現代の観客は、登場人物の性格造型や劇全体のトーンに一貫性がないとついていけなくなっている。あるいはこれは逆に、演劇観としては偏った見方でしかないのかもしれないが、やはり観客の学歴一つとっても三十年間で相当の変化があり、家族をめぐる状況や意識も激変している。小劇場演劇の台頭やテレビドラマの深化もあり、観客の目は急激に肥えていると思ったほうがいい。植田の作劇法は、宝塚の一つの時代を形作った貴重なものとして、今はもう封印すべきものではないだろうか。

麻実れい毬谷友子の出ていた『櫻の園』(演出=蜷川幸雄)の初日、客席に香寿がいた。オフの彼女は本当に見違えるほどキュートだ。香寿がこれから活躍しなければならないのは、もちろん現代の日本のトップクラスの劇作家や演出家、そして俳優、女優がしのぎを削る厳しい世界だ。香寿が宝塚で学んだことで、これから役に立つのは、いったいどのような経験なのだろう。彼女には、さすがは宝塚出身と思わせるだけの実力があり、やがてはタカラジェンヌだったことを忘れさせるだけの魅力をたたえることだろう。タカラジェンヌだって変化している。植田的な世界に、内部からノーが突きつけられることはないのだろうか。(2003.2)


花の由来〜香寿たつきのために

実はこの原稿は、締切を大幅に遅れて書いている。九割がたできたところで、香寿たつき退団の報が入ってしまった。今さら書き直すのは時間的に難しいし、何よりも悔しいので、そのままにしておく。公演のタイトルが変更になった時に、このことは決定的に予感しておかなければならなかったことなのかもしれない。しかし、希望的観測というものがその判断を狂わせた。ぼくのお願いは天には届かなかったようで、本当に悔しい。あんまりだ。

さよならは、次の機会に言うことにする。まだ心の整理ができていない。

 

もう決まってしまっているのかもしれないが、なんとか香寿たつきを長くトップでいさせることはできないか。ただ歌、演技、ダンスと三拍子そろっているからというのではなく、香寿の芝居には、ちょっと宝塚では類を見ないようなスケールの大きさがある。香寿で大きな物語を観たい。改めてそう思わせたのは、九月下旬にNHKで香寿の「忠臣蔵」新人公演の様子を部分的に放映(再放送)していたからだ。この番組は、当時の雪組トップ、杜けあきの退団が決まり、次期トップは一路真輝に決まったが、二番手がまだ決まらない、候補は高嶺ふぶき、轟悠、海峡ひろき、そして最も若手の香寿であるということで、香寿がトップを務める新人公演の模様をけっこう詳しく取り上げたものだった。新公の配役が決まって香寿が杜にあいさつに行くようす、新公開演前に香寿が両手をパタパタさせながら、みんなにかわいい声ではっぱをかける様子、公演が終わって杜の前で泣いている姿、など舞台裏も丁寧に押さえていて、なかなか興味深かった。

香寿の魅力はまず……と言いかけて、これがなかなか一つを別して挙げにくくて当惑する。初めに三拍子と言ったように、歌、ダンス、演技のいずれにも、他とはちょっと地平線を同じくしないような、独特な魅力を持っているからだ。その独特さをあえて最大公約数的にまとめてみれば、一種のざらつき感と言ってみてはどうだろう。

ぼくはいつか香寿のことをゆっくり書いてみたいと思っていた。同期の紫吹淳のことは何度か書いたことがあるが、なぜか香寿については機会に恵まれていない。だいたい、香寿のバウホール公演を、あまり観ていない。花組時代の『香港夜想曲』については、曖昧な記憶だが、紫吹も星組時代の『ドリアン・グレイの肖像』ではその魅力のほんの一部分しか開陳されていなかったように、なぜかこの作品でも香寿の魅力が完全に開花していたわけではなかったように思う。雪組の『凍てついた明日』はなかなかいい作品だったが、華やかさはなく、紫吹ほど印象に残る独自の人物造型ができるような役どころではなかったように思い返す。

やっと名古屋で観ることのできた『花の業平』は、まさに香寿が苦節十数年を経ても光や輝きを失わずにトップスターであることを証した、すばらしい公演だった。稔幸の大劇場公演では藤原基経という、業平と高子とキリキリと責めさいなむ役どころだったのが、一転してさらに陰影の深い主役を造形したのだから、さすがである。

大劇場でのおひろめとなった『プラハの春』は、これまた一転して現代もの。複雑でスケールの大きな政治劇に正面から挑み、役に誠実に取り組んだ結果、堀江という青年外交官の疾走ぶりを十全に描ききれたのがすごい。香寿ならではと思われたのは、聖堂で(渚あき)が自首するという決意を聞いた時のリアクション。身体の軸が斜めに揺れるのが、まさに感情が身体を反応させているようで、すごかった。

香寿というと、必ず「三拍子そろった」という形容が前につく。実際、部門別に採点表をつけてみれば、香寿がトップレベルに位置するのは間違いないだろう。しかし、かえってどうもそのために、彼女はいくぶんかワリを食ってきた。一時は、名脇役になってしまうのかとも思われた。雪組の『JFK』でフーバー長官といった渋い中年男性をみごとに演じていたころ、ぼくもそう思っていた。彼女は与えられた役柄を巧みに演じこなすが、その枠を外れて自分の色で塗り込めたり、自分の個性を押し出すことはしない。それが彼女の美点であったわけだ。本人の血のにじむような苦労の結果であっても、そのプロセスが見えてこない限り、彼女は結果としていつもどの分野でも九十点をそろえてくるので、それがあたりまえのことのように思われてしまっている。演出家の求めにせよ、原作から与えられたものにせよ、完璧にこなし、破綻がなかった。

逆に何かマイナスのある役者なら、どれか六十点のものがあったら、何かを百二十点にしようとする。それがその役者の強烈な個性、魅力となって観る者に強くアピールする。奇妙なことに、何かが突出してすばらしいということは、百二十点の役者であるように思えてしまう。しかし香寿はすべてが同列に高得点だ。もしかしたらすべてが百二十点だったかもしれない。でも何かが突出しているわけではないから、強烈な個性や魅力としてあらわれにくい。実に損だ。

伊織直加が中心となって、四人の七十五期生、嘉月絵里、美穂圭子、そして湖月わたるが出演した『Switch』を観た。もしかしたら三拍子、一番そろっていたのは嘉月だったんじゃないかと思った。もちろんスターになるには、嘉月は身長か、何かが足りなかったのだろう。しかし、背が高くて、ダンスがうまくて、歌がうまくて、芝居がうまい役者でも、主役を張れない者はたくさんいる。もちろん宝塚の中だけのことではない。運もあるだろうが、よくぼくたちは「花がある」とか「花がない」とかいう。それを分けるものは、いったい何なんだろう。

『風姿花伝』で「時分の花」とは、十二、三歳の童形の者を指していうようなので、それはまた当時の状況を踏まえているとはいえ極端だが、二十四、五歳の者を指して、「この頃には声も身なりも定まるので、よそ目にも大変な「上手」が出てきたといって人も目に止めるものだ。その者らが元々名人といわれた人よりも勝れて見えることがあるのは「当座の花」「見る人の、一旦の心の珍しき花」でしかなく、「誠の花」ではない」と、世阿弥は断じる。

香寿には、渋い魅力はあるが、いま一つ花がないといわれたりした。だからトップとしてセンターに立つのにはふさわしくなく、名脇役の道を歩んだほうがよいと思われた日々もあったわけだ。しかし、その主に雪組時代の香寿は、そういう渋い役を、実に的確に演じ続けた。そして殊に歌とダンスでは、他のスターの追随を許さぬほどの鮮やかな印象を与えていた。ぼくが「ざらつき感」と受けとめているのは、そんな香寿の歌でもダンスでも演技でも、必ず観る者の心の深いところにひっかかってあとに残るようなものがあるからだ。ただツルリときれいなだけではなく、えっ?と立ち止まってもう一度観たい、聴きたいと思わせる力がある。

さて、世阿弥は、「当座の花」から十年ほどたった頃を「盛りの極め」として、芸能の一つの頂点と位置づけている。香寿が基経を含めて『花の業平』に出会ったのも、ちょうどそんな頃ではなかったか。そういう意味で、彼女はいくぶん他人より長い時間待ったかもしれないが、最もよい時期に盛りの極めと天下の名望を迎えられたのかもしれない。だからこそ、もう少しこの盛りを共に味わいたいと思うのだ。

 

世阿弥は「盛りの極め」を過ぎた者に対しては、残酷な言葉を連ねる。「身の花も、外目(よそめ)の花も、失(う)するなり」、つまり、身体的な美も、観客の目に映る美も失ってしまう、と。そしてさらに年を経れば、「大方、せぬならでは、手立てあるまじ」、つまり、「何もしない」ということより他に方法はあるまい、と。「麒麟も老いては駑馬に劣る」とまで続けられては、なすすべもない。ではもう完全に消え去っていくほか、どうしようもないのだろうかと思うと、本当にたいした者であれば、「花は残るべし」という。

ここで引き合いに出すのは失礼を承知で、あえてぜひともとり上げたいのだが、専科生による「エンカレッジ・コンサート」を観た。しびれた。まず幕が上がって、全員の姿が見えた時に、とても華やかだと思った。邦なつきの柔らかく包むような高音がすばらしく、こんな名歌手だと知らなかったし、何よりも愛らしかった。一樹千尋は、いつからか力を抜いてすかしたような歌を歌えるようになっている。汝鳥伶の声の軽やかで若々しいことには驚いた。箙かおるの低音のふるえがすばらしく、表情もいい。矢代鴻のささやくような語り口は絶妙だったし、歌うことについて自由で自在であるように見えた。立ともみはエンターテイナーぶりをフルに発揮した上に、その歌からは歌詞がひじょうにダイレクトに伝わってきて、スケールの大きさに驚いた。萬あきらの高音がひじょうにチャーミングで、訴えかけてくる力の強さに魅せられた。京三紗が美しく、切々とした響きから、歌のリアリティとはこのようなものかと得心した。

本当に華やかだった。このようなものこそ散らずに残った「誠に得たりし花」に連なるものなのだろうと思った。幕間に岡田敬二が感に堪えないような口ぶりで「いやー、やっぱりともみちゃん、感動的やなぁ」と叫んでいたが、長年の宝塚生活でさまざまなものやことを見て培われ、開いた「誠の花」があるように思えた。立がマイクを持って、一曲の歌を最初から最後まで歌いきるのは初めてだと言っていたのには皆が驚き、そして心から喜んだ。箙も大好きな歌、歌いたかった歌を選んだと感慨深げに言った。一樹は大切な、初舞台の時の歌だと言った。汝鳥は月組に配属になった時にトップだった古城都さんに憧れて、「いつかはあんな歌を歌いたい」と思っていた歌をやっと歌える、ちょっと時間がかかりすぎたが……と笑わせた。

花が開くには時間がかかるが、その花を残すためには時間の流れだけではなくて、時間の重みが必要だ。そんな重みをたくさん抱えることのできたスターによる、すばらしいコンサートだった。

香寿たつきもそのような時間の重みによって本当の花を得ることのできる数少ないスターであるようだ。日本もの、現代もの2回、と続いて、次の次にはどんな引出しからどんな魅力を見せてくれるか、楽しみでならない。だから、もう少しいてほしい。お願いだ。

歴史的事実にどう立ち向かうか〜スポットが消えたあとで 16

「プラハの春」のように原作があって、それがかなり事実に基づいているとなるといっそう、演出家の趣味や力量や、いわゆる「すみれコード」が見えてくるように思う。今回の谷正純演出による星組公演でも、いくつか原作と異なる設定や、原作にはない登場人物やエピソードがあり、なかなか面白かった。

すみれコードかと思えて興味深かったのは、まずカテリーナ(渚あき)の姪・シルビア(千琴ひめか)が、原作ではカテリーナの娘だった、というところ。やはり宝塚ではというか、谷の倫理(?)では、夫と別居中の女の恋愛は許されても、子持ちの女の恋愛は許されないということか。まぁ、どうでもいいようなことだが、よくわからない。

だからもちろん、原作ではシルビアが堀江にどんどんひかれていき、将来はヘル・ホリエのお嫁さんになる、と胸をときめかせるところも、描かれない。原作者の春江一也がやや遠慮がちに慎重に描いた、堀江亮介(香寿たつき)が母子双方から思いを寄せられるという設定は、完全に排除された。まぁ、この大作を一時間四十分に切り詰めるためには当然の編集とはいえ、なるほどこういう設定は、真っ先に切り取られるのだな、と納得もさせられたのだが。

他に最も谷らしくて興味深かった(と言うと穏やかだが)のが、稲村(彩輝直)の恋人であるテレザ(秋園美緒)の母・ポジェナ(朝峰ひかり)という人物が創り出され、彼女が射殺されるくだりが挿入されていたことだろう。このことによって稲村は外務省を退めることを決定的に決意する。そもそも原作では稲村はこの時(と言っても、この事件そのものが創作だから、時を特定することはできないが)既に本国に召喚されており、彼を追うような形でテレザが国籍を捨てて日本へ渡り、結婚することになっている。一八〇度違っていると言っていい。

谷は、稲村に外務省を退めさせたかったのだ。稲村のその行為によって、亮介の思いと行動にはずみをつけさせようとしたかったのだろう。ちょうど「うたかたの恋」でルドルフのいとこ、ジャン=サルバドル大公を立場や生き方の対照として置くことで、ルドルフの不遇を強調しえたような効果を狙ったのだろう。このこと自体は、ぼくはなかなかうまい処理だったと思う。彩輝に稲村を演じさせる以上、稲村をかなり魅力的な大きな存在にする必要があったし、登場人物おのおのが鋭い螺旋を描くように時代の渦に巻き込まれたことを描くには、悪いアレンジではなかったと思う。

それにしても、ポジェナの死である。これまでも再三指摘してきたが、谷個人にどのようなコンプレックスがあるのか知らないが、親の自己犠牲だとか、親を取るか子を取るかという究極の選択だとか、とにかく人を切羽詰まった状況に追い込んで、そこでドラマを創ろうという性癖がある。それはもうわかった。

しかし、ここでは、ポジェナが死のうが死ぬまいが、事態の切迫度は変わらない。母を失い悲しみに打ちひしがれるテレザを見るに忍びなくて、稲村が外務省を退める決意をした、というのでは、稲村をもこのドラマをもわい小化することにならないか。人間を肉親への情愛から来る衝動によって行動させたり、男は女を守らなければならないというような、旧弊に則った既成の規範によって動かしたりするようなステレオタイプから脱却することこそが、外務省や国家やナントカ主義というようなくびきから個人を立ち上がらせようとした「プラハの春」を生きた人々の思いではなかったか。

この公演のプログラムに寄せた「私は思わず叫び出したい衝動にかられました」という春江一也のコメントがひじょうに素晴らしいものだっただけに、谷の小さなエピソードの追加が、春江が体験し、改めて何十年かを経て描こうとした世界からの、途方もなく大きな逸脱であるようで、残念に思えた。

もう一つこの公演で残念に思ったのは、第十七場「秘密の礼拝堂」で、堀江がカテリーナの自首を納得した後、さあ、クライマックスだ、というところで流れる歌「愛のプラハ」が、あまりにも……なんというか、ずっこけてしまったことだ。改めて公文健の「あの日二人が出逢ったのは/まさに神のお導き……」という詞を見ると、その平板さに舌を巻く。作曲の吉崎憲治は、それでもなんとかこの詞をスメタナの「モルダウ」に結びつけるために、あえて三連符による畳みかけるようなメロディに仕立てるという趣向をこらそうとしたのだろうが、意地悪く解するわけではないのだけれども、歌う側が気恥ずかしくて急いでしまっているような畳みかけ方になってしまったのは、逆に聞いているほうが早く終われと念じていたせいか。

嫌味ないい方はさておき、このような厳しいシーンを三連符(譜面では八分の十二拍子)で飾るのは、たとえば数年前にベルリンの壁崩壊を題材にした「国境のない地図」(九五年、星組、麻路さき主演)で歌われた「風になりたい」も同様だし、同じ公演の「永遠よりも長く」も哀切漂ういいメロディだった。「プラハの春」は、「モルダウ」をはじめ、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」など東欧の名曲がちりばめられ、音楽的な格調は概して高かった。改めてメロディとは不思議なものだと思ったのだが、「モルダウ」冒頭など、短調の音階をラからファまで上がっていくだけなのに、なぜこんなに人の心を締めつけるような哀切と民族の誇りを鼓舞するような格調をもっているのだろうか。そんな名曲と伍して、間を埋めるように音をつなげていかなければならない音楽スタッフは大変だ。

なお、試しに「永遠よりも長く」に「モルダウ」のメロディを続けてみると、少なくとも「愛のプラハ」よりはすんなりつなげることができるように思う。問題は、歌がドラマの場面の中で占めるスケールという点で、この「愛のプラハ」は劇の空間を収縮させてしまうような逆効果しかもてていなかったことだ。もちろん「モルダウ」に比肩するのは無理としても、あの礼拝堂の舞台美術の品格を崩すことがない程度の格調というものは必要だった。たまたま引き合いに出した「国境のない地図」は植田紳爾によるものだったが、まず劇の緩急という点では谷よりも嗅覚にすぐれた点があったようだと改めて思い返し、また多少の俗っぽさを承知した上で言うのだが、やはり名曲を生ませるだけの何かしらの(ぼくにはよくわからない種類の)大きさがあったのだろうかと、思い直したりしたのだ。

 

さて、最近もう一つ、公文がらみで宝塚の底の浅さを突きつけられてしまったような苦い思いを味わったことがあった。雪組のショー「ON THE 5th」は、公文(小林公平)の原案を草野旦が作・演出したということなので、どこからどこまでが公文の着想によるものなのかは定め難いのだが、「パーク・オン・ザ・5th」で背景のビルに「SEPTEMBER 10」と出た時には、既に以て瞑すべきだったのだ。

これがたとえば、「フラワーロード」(神戸の市役所から阪急三宮駅を通って山手へ抜ける、南北のメインストリート)というタイトルで、「January 16」というサインが出ていたとしたら、あるいは広島を題材にして「August 5」というサインだったら、と考えてみれば、わかりやすいのではないか。よほどの神経がなければ、というと語弊があるが、相当の覚悟をもって、人間の尊厳を描ききるほどの覚悟がなければ、こういう題材は選ぶべきではなかった。

ここで覚悟というのは、宝塚も一つの芸能表現である以上、このようなシーンで最高のレベルの表現をなしうるかどうか、という一事に尽きる。「一生懸命誠実に作ったんだから」というような精神論とか、「復興への祈りを込めて」なんていう口先でどうにでもなるようなキャッチフレーズでは対応できない。「SEPTEMBER 11」と変わった途端に絵麻緒ゆうによって歌われる、恋人を喪失した悲しみの歌は、あの日君は電話をくれてどうこうという、はなはだ散文的なもので、メロディもぶつ切りで、聴く者のカタルシスとなるような力をまったく持っていなかった。それでなくとも、このような観る者皆が知っている惨劇を題材とする以上、題材の大きさに表現は負けてしまうおそれがあるのに、あまりに無邪気な取り扱いだったとしかいえまい。

はたして、ここで絵麻緒ゆうが歌わされた歌は、なんとも聴き心地の悪いものだった。絵麻緒は精一杯感情を込めて叫ぶように歌おうとしていたようだが、逆にそのパッションが空転して、気の毒にさえ見えてしまった。続くシーンでは、銀紙で工作した洗濯板のようなペラペラのものが天井からユラユラとぶら下がって来て、どうもそれが幻によみがえるツインタワーということだったらしいのだが、これは子供だましにもほどがあるというものだ。あまりにもひどかった。

死んだと思われた恋人シャイン(紺野まひる)は実は生きていたんだよ、よかったねと言って、何もなかったように次のシーンに移っていく。これはつまり、「9.11」エピソードとしてしか使っていないということに他ならない。そして、草野旦は、以前「聖夜物語」(九八年、星組、稔幸主演)でも、町を大地震が襲うという設定をとり、同じ愚を犯している。

草野の気持ちはわからないではない。震災についてでも9.11のことでも、何か宝塚からメッセージを送りたいという熱い気持ちのある、いい人なのだろう。しかし、去年の九月十一日を大阪で迎えた「フォッシー」の出演者の面々が、惨劇のことなど微塵も感じさせないエンターテインメントを披露したように、ここはただニューヨークの素晴らしさを謳歌しさえすれば、まっとうな鎮魂となったのだ。ことさらに言われなくてはわからないほど、観客は馬鹿じゃない。プログラムに草野は「約一時間を何もかも全て忘れて楽しんでいただければ」と書く一方、「楽しむために劇場へ足を運んでくださるお客様を暗く重たい気分にさせてはいけないと思い、最大の注意を払ってツインタワー崩壊を扱ったつもりだが、表現が十分に尽くしきれていないとすれば、それは私の力不足ゆえお許し願いたい」と矛盾したことを書いている。最後に再び言うが、あのような惨劇は、エピソードとして部分的に挿入されるべきではなく、正面から全身全霊を込めて立ち向かうべきだった。そうしないのなら、まだ自分には扱えないとあきらめるべきだった。そういう覚悟がないままに中途半端に扱ったために、このような、音楽的にも美術的にもレベルの低い結果に終わってしまった。ショーのフィナーレをふだんとは違う趣向を凝らすような余裕があるのなら、人間にとって事実というものをどう受け止めるべきなのかというようなことを、少しでも考えたほうがよかった。


口ごもることから…… 紫吹淳の魅力

「宝塚アカデミア」が十六冊目を迎えられたのは、在野できちんとした批評をしようとするメディアが数少ないから、一定の宝塚ファンに受け入れられているのだと思うが、ついでにこの連載も十五回目を迎えてしまった。申し訳ないというのも変だが、いつもお読みいただいている方には、もったいなくもありがたいとしか言いようがない。お楽しみいただけているのだろうか?

実は、ここだけの話だが、どうもぼくの目は、他の人とずれているようなのだ。それを痛感したのが、先日発表された朝日新聞社主催現代舞台芸術賞のコンテンポラリー・ダンス関係で、選に入った伊藤キムの「激しい庭」、勅使川原三郎の「ルミナス」、共にぼくにとっては楽しむには苦しい、評価しにくい作品だった。呆然、である。

そしてこの「宝塚アカデミア」では、一つの公演に対して数本の批評が載るが、毀誉褒貶様々である。自分の評価と他の評者の意見がものすごーくずれていたりする時には、余裕のある読者はそれを楽しんでおられるかもしれないし、他の評者の方には尋ねたこともないが、ぼくのような小心者は、自分は見る目がないのではないか、もう筆を折ったほうがいいのではないか、と鬱鬱とする日々が続くことになる。このあたりで、ぼくが宝塚歌劇に接するにあたって、どのような立場と姿勢を保とうとしているのかを、改めて確認しておこうと思う。

一つのどうしても崩したくない立場は、一ファンであるということだ。ならばファンであるとはどういうことかと考えてみると、それが好きだということ、無責任で自分勝手でありうるということ以外に、自らの日々をその舞台と重ね合せようとする傾向があるといっていい。楽しいこともつらいことも、宝塚と共にある。このことについて、ぼくは特に万里柚美さんへの思いをことあるごとに鏤々綴っている。

もう一つ、これはファンであることと本当は同質であると思っていて、重ねて言うまでもないのだが、宝塚歌劇団に対して対等であろうとしていることだ。以前ここでも「宣言」したように、劇団員を「生徒」と呼ばない、演出家を「先生」と呼ばないのは、その一つの現われである。

以上の二点は、ぼくが宝塚歌劇を観るにあたっての姿勢をいうのだが、それとは別に、ぼくが何かしらの表現に接するにあたっての姿勢というものがある。よく親しいダンサーからは「愛のある辛口批評」などといわれるのだが、目の前に展開される作品を判断するにあたって、何を基準として評価しようかということだ。

いろいろな批評家の文章を読んだり、周辺のライターに機会があって話してみたりすると、これが意外にバラバラだったりする。もちろん、こういうことを面と向かって「同業者」に話すのは照れ臭いから、多かれ少なかれ韜晦もあると思われるが、最後は好悪だと言う人や、どれだけ感動できたかだと言う人や、作品としての完成度を測るのだと言う人や、さすがにどれだけ社会変革に役立つかだと言う人はいないが、実に様々だ。もちろん、実は同じことを言っているのかもしれない。好きでなければ感動できないし、いくら完成度が高くても感動できなければしょうがない、とか。逆に、このような評価だけはすまい、という基準を尋ねたほうがよかったのかもしれない。

ぼくは、それが目指しているものをもって、目の前に現れているものを評価しよう、と思っている。だから、ぼくがその作品なり個人を評価する時の課題は、それが目指しているものを探すことにある。

 

さて、紫吹淳は、どんなトップになろうとしているのだろうか。トップ就任後は「大海賊」(全国ツアー)と「ガイズ&ドールズ」の二作品しか観ていない段階ではあるが、ここでこれまでの紫吹の役どころを振り返って、紫吹の魅力を確認し、紫吹が目指すものを探してみようか。

紫吹が男役の一つ姿として立ち上がってきたのは、やはり「ブエノスアイレスの風」だといっていいだろう。もちろんそれ以前にバウホールでも主演作品があるのだが、彼女が独特のスタイルを確立できたのは、ドラマシティのこの作品による。星組時代の「二人だけが悪」で正塚晴彦作品に出演し、ゲリラのカルロスという主要な役どころを務めたわけだが、ここで紫吹はおそらく正塚の「けど……」に込められた深さを体得し、そこから一つのスタイルを獲得したのだと思う。

既にたびたび語られていることだが、正塚の「けど……」は、言葉によって説明することを放棄しているのではなくて、言語化することを回避せざるをえない状況であることを、最も効果的に表わす間投詞である。けっして小説で成立しやすい表現ではないだろうが、劇では役者の身体が存在することによって、この言葉が発せられる時間の周辺は、いくらでも膨らませることができるし、これを膨らませることができない役者にかかっては、正塚劇は成立しない。

紫吹はまずはダンスの人であって、とりたてて芝居のうまい役者ではなかったような気がする。それが「二人だけが悪」「ブエノスアイレスの風」という二つの連続した正塚劇にどっぷりと浸ることによって、口ごもることを男役の一つのスタイルとして身につけることができた。ここで「口ごもる」というのは、直接的には「けど……」に代表される正塚独特の間合いのことで、いま「二人だけが悪」の台本を見ても、「…」がひじょうに多いのが特徴的だ。「ブエノスアイレスの風」のニコラスでは、さらにそれが強調され、単なる間合いであることを超えて、場合によってはセリフよりも多弁な沈黙として効果的に使用された。

正塚は「ブエノスアイレスの風」神戸・東京特別公演のプログラムで、「哀愁があって大人っぽい感覚を持つ紫吹が、決してギラギラして頑張っているというのではなく、静かで寡黙で、一見乾いた感じなんだけれども、本当は色の濃い血の濃いような役で物語を生きたら面白いのではないかというところから」この物語を着想したと振り返っているが、静かで寡黙というのも、本当は体内でたぎっている濃い血が出口を探しあぐねて言葉にならない、というようなところがあって、それが大きな魅力になったというものだったように思う。この口ごもりを自分のものにすることによって、紫吹は確実に物語を生きることのできる役者に成長した。

今回の「ガイズ&ドールズ」で驚いたのは、こんな楽天的なお芝居だし、特にスカイに影がある男だとも思えないのに、やっぱり紫吹にかかると後ろ姿の哀愁が漂っていることだった。スカイに数少ない翳りめいたものが見えたのが、サラに「オベリア」という名を初めて教えるというくだりだったか。これもまた観る者にとっては、カルロス、ニコラスときてオベリア……という偶然の符合の感慨があったのだが。それはともかく、ハバナから帰ってきた朝、救世軍詰め所前のシーンで、唇をかみしめるスカイの表情が、その後の街景をバックに舗石をクソッとばかりに蹴りつける後ろ姿につながって、この奇妙なギャンブラーの背中が強烈な哀愁を帯びたのだった。

この哀愁は、いったい何だったんだろうか? 第二部でもう一度、ぼくは紫吹の姿から哀愁とダンディズムを共に味わうシーンを見つけた。それは下水道でクラップをやっているところで、ダイスを振ろうとして一瞬ためらうようにし、「金以上のものがかかってるんだ」と言うところ。こんな時にためらうギャンブラーなんて、本当にいい。この一瞬のためらいによって、スカイはこれまでの自分にまつわるすべてのものを味方につけようとするかのようだ。

この時スカイが言った「金以上のもの」って何だったんだろう? サラとの「初めての恋」のことか? 確かにそう考えたくもなるのだが、この時スカイはしばらく旅に出ることを決意している。もうサラとのひとときの恋は終わったと覚悟している。スカイは、ただ一枚の借用証をホゴにしないため、ギャンブラーとしての自恃のために、ダイスを振ったと考える他はない。もちろん、それがサラへの愛の一つの形であったといえなくもないのだが、むしろハバナでサラにささやいたように「俺みたいな男はダメだ」と素面に戻っていたと考えたほうがいい。

「ガイズ&ドールズ」はユーモラスなハッピーエンドに終わっているから、あまり強調されないが、もしネイサンとアデレイドは一緒になったがスカイは戻ってこない、という結末になっていたら、去って行く男の後ろ姿を強調するダンディズムを描く芝居になっていたはずだ。借用証を守るために大バクチを打ったり、サラを傷つけないために「ハバナには連れて行けなかった」とネイサンに言ったりと、むしろサラと別れて旅に出ることを決意した後のほうが、ずっとサラにやさしいのが魅力的なところだ。断言していいが、普通の男はこうはできない。

さて、このように書いてくると、紫吹は何だか口ごもってばかりの男を演じているように見えるが、実は年下の女性に自らの来歴や物事の理を醇々と説明するシーンがひじょうに印象的でもある。たとえば「大海賊」では、初めて船の上でエレーヌ(映美)と出会い、自分が海賊となった理由や生き方に対する考え方を話すところ、これでエレーヌはエミリオ(紫吹)に参ってしまうわけだし、「ガイズ&ドールズ」のハヴァナのカフェの外でサラに説喩するのだって、こんなふうに言われちゃったら、なおのこと惚れるよなぁっていうような語り口だ。つまり、いざという時はきちんとしゃべるのだ。雄弁というのではないかもしれないが、言葉になっていることよりずっと多くのことが伝わっているようなしゃべり方だ。これがつまり、口ごもりの魅力であって、紫吹が獲得した「物語を生きる」ということの証しだ。

ここまで時間をかけて見てきたように、紫吹は後ろ姿で語れる背中と、言葉にできないことを表現できる語り口を手に入れている。そして映美くららという天使のような少女をも手に入れた。きっとこれからの紫吹の役どころには、相手役である映美を掌中の珠のように大切にしながら、それを大切にする余りに身を引いてしまう年上の男性、とかそういうような男の美学、ダンディズムを前面に押し出したものが求められるだろう。そしてそれを彼女は完璧に演じるだろう。この上はぼくたちが求めなければならないのは、どうぞそのような彼女の魅力を完璧に引き出せる脚本を用意してやってくれ、ということだけなのだ。

余談だが、正塚晴彦という男は、よくよく恵まれているともいえる(いろいろと恵まれていない部分もあるかもしれないが)。いつも誰かしら自分の世界をほぼ完璧に演じてくれる役者に恵まれている。できることなら、もう一作、紫吹のために心血を注いでくれないものか。

あえかな美意識――(スポットが消えたあとで14

小池修一郎が構成・演出を務めた「ジャン・コクトー 堕天使の恋」を観た(六月、シアター・ドラマシティ)。同性愛と阿片が全編を貫く、薄汚れた話だ、本当のところは。しかもその背後には、流行の(?)トラウマ(父の自殺)と来た。しかし小池は、この爛熟した物語からコクトーやラディゲらの精神の営みだけを蒸留して抽出したのか、みごとに透明感あふれる作品に仕上げることに成功した。もちろん西島千博(スターダンサーズバレエ団プリンシパル)、金森穣(ネザーダンド・ダンスシアターUに作品を提供)、吉本真悟(バレエ・サンホセ・シリコンバレーのプリンシパル)といった男性トップダンサーたちの技量によって、舞台上の身体の動きがひじょうにシャープで美しかったことが効を奏したのは言うまでもない。日本の男性バレエダンサーに、これほどの才能が揃っているということが知れただけでも、大きな収穫だった。

やっと一路真輝の「エリザベート」を観た(八月、梅田コマ劇場)。トートは内野聖陽だったが、前回に比べると歌に格段の進歩があったそうだ。これも小池修一郎の演出作品だが、宝塚のどの組の作品ともずいぶん違った色合いの作品に仕上がっていた。ウィーン版に近かっただろうことは当然予想できるが、最も深く感じたのは、エリザベートやフランツ・ヨーゼフの時代を包み込む闇(もちろんそれを支配しているのがトートであるわけだが)が前面に押し出され、強い印象を残したことだ。大島早記子(H・アール・カオス)の振付による、しばしば半裸で現れるトート・ダンサー(宝塚では黒天使と呼んでいた)の動きの鋭さもあって、時代の危機感が激しく立ち上がり、ある意味では暗鬱な舞台だった。しかしそのためにシリアスで宝塚より「本格的な」舞台であるように思えたかもしれない。

この舞台では随所に迫力を感じた。たとえばミルク缶を手にした男女が床を踏み鳴らすところ。その響きの大きさは、群衆たちの怒りをストレートに表現したもので、このような直球的な背筋にズンと来るような強さは、なかなか宝塚では味わえないなと思って見ていた。

宝塚歌劇の専属の演出家である小池による二つのユニークな舞台を見て、一つにはその引き出しの多様さに感嘆した。素材をどのような切り口で料理すれば、その力や美しさが最大限に発揮できるかを綿密に計算し、それをきっちりと舞台の上で形にすることのできる技量を小池が持っているということがわかった。「ジャン・コクトー」は、優れたダンサーばかり出ているとはいえ、出演者は一人を除いて男性ばかりで、まさかむさ苦しい舞台にはならないまでも、まずセリフは問題だと思っていたら、語り手の松橋登の朗読に進行を委ねたことで解決した。何よりもダンサーの動きによって、現世の塵芥を払拭できることは予想されたとはいえ、一種の天上感さえ現われたことは、予想以上の出来だったといえるのではないか。やはりダンスは詩だと、改めて思わせてくれた。それには、舞台の空間配置の使い分けも大いにあずかったと思われた。回想の父(=トラウマ)は、必ず一段高い装置の上に現れて、地平を同じくしない。そのようなちょっとした配置で彼岸と此岸を分けたことで、ストーリーの混交を避けるばかりか、世界の区分けを明確にした。また当然のことながら、朗読されるコクトーの言葉の美しさが、現実をおそらくは過度に、濾過してもいたと思われた。

「エリザベート」で改めて顕在化してひじょうに興味深かったのが、いわゆる「すみれコード」の処理だった。今さら言うまでもないが、フランツ・ヨーゼフの不貞が明らかになったのは、宝塚版では現場写真をトートが見せたからだが、東宝版ではフランス病と俗称される性病がもたらされたからだった。「本当はそうだったのか」という驚きと同時に、しかしどちらが史実かということではなく、舞台作品としての「エリザベート」にふさわしく、また劇の流れとして適当であるのかと考える気持ちにもなった。宝塚版では、ルキーニが写真機を担いでたびたび現れ、パパラッチさながらエリザベートを追いかける。その流れの中にこのエピソードは位置づけられる。東宝版では、マダム・ヴォルフの娼館のマデレーネが病気持ちであったことが歌の中であらかじめぼくたちには告げられていて、そのために少し違和感があった。それに何より、フランツ・ヨーゼフがマデレーネとの情交で性病を得、それがまたエリザベートにも感染しましたよ、というのはリアルを通り越してグロテスクで、観るものの興を殺ぐような気もした。その意味で、これが小池の翻案であれば、すばらしい着想であると感嘆した。

さらにもう一つ、香寿たつきが外部出演した「天翔ける風に」を思い出そうか(八月、新神戸オリエンタル劇場)。元タカラジェンヌで最近大劇場作品の演出でも鋭い冴えを見せている謝珠栄野田秀樹のストレート・プレイ「贋作・罪と罰」を構成・演出し、ミュージカル化した作品だ。この作品と香寿の熱演と名演については、「歌劇」九月号で横尾忠則が十全にレビューしているので、今さら屋上屋を架すことはしないが、香寿が思ったよりのびのびと、リラックスしているように見えたのが、何より好ましかった。宝塚で見るよりずっと小柄で華奢な香寿の演じる三条英が、世直しという理想と、貧困と性差という現実の狭間でもがき傷つく様が、いたましくまたいとおしかった。男役として歌う時よりも、軽くというとやや語弊があるが、ストレートに歌っていたようだったのが、新鮮でもあった。そしてこの舞台では、彼女のまわりの男優たちのレベルの高さにもひじょうに満足した。

 何もぼくはここで宝塚の外のミュージカルや舞踊劇(「ジャン・コクトー」はドラマシティの「ダンス・アクト」シリーズと題されてもいたのだ)をほめ、返す刀で宝塚の現状を嘆こうとしているのではない。宝塚の現役の団員やOG、演出家たちが様々に外部で活躍することは、すばらしいことだ。ちょうどぼくが「天翔ける風に」を観に行った日、後ろのほうで湖月わたるらも観ていた。彼女たちはこのような舞台を観て、自分たちの、すなわち宝塚の可能性についてどのように思いを馳せただろうかと、ちょっと一緒に考えてみたいと思ったのだ。

 率直に言えば、女性だけの宝塚では、これだけのすばらしい舞台はできないんじゃないか、と思ってしまいはしないか。たしかに先にふれた「エリザベート」の「ウィーンの街頭」で民衆がミルクを求める場面の迫力は、宝塚にはなかったものだ。しかし、だからといって東宝版ではできたことが、宝塚ではできなかったからやらなかった、と結論づけるのはあまりに短絡的で宝塚を実際以上に貶めている。言うまでもあるまいが、現実がそうであるということは、一つの選択の結果である。振付が麻咲梨乃であったことからも想像されるが、宝塚ではあのようにしたほうがよかったし、東宝ではこのようにしたほうがよかったと、小池をはじめスタッフが選択した結果だったということだと思う。

 たとえば、宝塚でもよくショーの振付を担当する上島雪夫が構成・演出・振付を行なった「DECADANCE2001〜赤い天使」(十月、ドラマシティ)は、原田薫JOEYらの優れたダンサーがよく動き、全体にはまずまずの作品だったが、フォッシーの翻案や宝塚のショーの一場面を少し長く伸ばしたようなピースがいくつも見られ、なかなか興味深かった。宝塚でなら数十人のダンサーがいるから、たとえばトップ格の二人が敵味方に分かれて乱闘する際に、背後にその一味が十名ほど控えているが、このような公演ではせいぜい二、三人。乱闘自体の性格も変容するし、舞台の厚みも変わってくる。もちろん、それだけに芯に立つダンサーの技量は一層高いものを要求されるとも言えるのだが、逆に宝塚のように大勢を率いる場合だって、その誰よりも目立ち引き立つ技量ないし見せ方を獲得しなければならないのだから、大変だ。ダンサーのダンスのレベル自体も、全般に「宝塚って大したものだなぁ」と思われた。

 大したものだと思われた一つの要素は、やはり数十名での群舞の美しさにある。多くのメンバーを集めながら平均的なレベルがひじょうに高いこと、そのメンバーの指向が一致していて舞台の求心力が強いことによると思うのだが、そこで力よりも美しさをめざすのが、宝塚の宝塚たるゆえんではないかと思う。

 さて、力強さと美しさが対峙したとき、人はどちらに心ひかれるか。これは決して二者択一ではなくて、共存するものでなければ、ぼくたちは面白くない。宝塚の中でさえ雪組、星組、宙組の「エリザベート」が人それぞれの好悪があって甲乙つけがたいように、宝塚には宝塚の美しさ、優雅さによって提示すべき世界というものが存在する。隣の芝生は青く見えるものだそうだが、女性だけの劇団であるという稀有な特性を忘れ、宝塚がその本来の魅力である美しさや優雅さを中心に置くことを捨てれば、おそらく宝塚に戻る場所はあるまい。

 「天翔ける風に」を観た湖月らは、専科の所属となって自分の所属先が明確にはないような、どこへ戻ればいいのかと戸惑うような宙ぶらりんな思いを抱えていないだろうか。そんな彼女たちにとって、香寿の外部出演は、今後の専科生のありようを占ううえで、貴重な先例となった。「天翔ける風に」は、たしかに歌、ダンス、演技の三拍子そろった香寿だったから、これだけの名作となり得たのかもしれない。しかし、一つの貴重な先例として確認しておきたいのだが、この香寿の成功は彼女が男役として培ってきた十数年の経験があって実現したもので、ただの女優や男優(って変な言い方だが)でなかったところから萌え出でたものだったことを銘記しておいてほしい。

 宝塚に特徴的なのは、女性が男役を演じるということであるが、それは決して倒錯性や奇抜さではない。「男を演じる」ということの中には、それによって必然的に生起し、両性に通底する理想形を求めるところから生まれてくる、あえかな祈りのような美意識がある。これこそ女性でしか、宝塚でしか経験することのできない、貴重な意識の持ちようではないか。ただ表面的な派手さや強さだけなら、演出家も振付家も簡単に付け焼き刃のように与えることができるだろう。しかし、そんなことのために「男役十年」と鍛練を積んできているわけではない。評論家の松岡正剛は、このようなあえかさのことをフラジャイルと呼んで重視したが、強くなく、だから簡単に傷ついたり壊れたりしてしまいそうな美意識を核にしているからこそ、ガラス細工のようでありながら、実は芯のしっかりした、したたかな舞台が九〇年近く続いているのだろう。

 「ベルサイユのばら」を思い出してみるがいい、まさに砂糖菓子のような小公子・小公女の歌と振りから、生ぐさいバスチーユ陥落とアンドレ、オスカルの戦死を経て、断頭台へと、実に骨太な直線を間に挟んでいるわけだ。だからこそもっと自由かつ奔放にその骨太を揺らして余計なものは振り落として、新しい宝塚像を見せてほしいとは、切望しているのだが。(200110)


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